基本読書

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地球最後の日のための種子

伝記作家として知られるスーザン・ドウォーキン氏による、科学ノンフィクション。しかし内容はひとりの超人的な人物を追うことで進展していき、一種の自伝のようにも読める。その超人的な人物が誰なのかと言えば、遺伝子銀行家であるベント・スコウマンである。

遺伝子銀行家という名称を知っている人間はそう多くないだろうし、僕も本書を読むまで知らなかったので簡単に説明させてもらう。

北極の永久凍土層には、現在「世界種子貯蔵庫」というものが存在する。通称「地球最後の日のための貯蔵庫」と呼ばれるこの施設は、何百万種類にも及ぶ重要な作物の種子を保管する場所として建設され、万一地球に壊滅的な出来事が生じた時に──隕石が衝突する、核戦争が起こる、作物が急速に病、温暖化などの理由によって死滅する、危機的なケースに応じた「耐性のある」種子をその都度、貯蔵庫から引っ張り出してくる。

ジャック・R・ハーランというアメリカの情報収集家が語った、有名な逸話がある。農務省に勤めていたハーランが小麦を収集するために、同僚とともにトルコの畑にでかけていったところ、集めた標本の中には「みじめな姿をして、背はひょろ長く……」要するに、どうにも使えそうもない小麦があったそうだ。それでもついでにアメリカの遺伝資源コレクションにこのひょろくてしょぼい小麦を収穫して保管しておいた。

その一五年後、アメリカの農家を黄さび病が襲い、やばい状況になった時に、唯一この病へと抵抗性を築くことが出来たのがハーランがトルコの畑で見つけたひょろくて何の役にも立ちそうにもない小麦の種類だった。この小麦が持っている抵抗遺伝子は、今もアメリカの太平洋沿岸北西部で栽培されている小麦のほぼすべてに組み込まれていると言う。

「遺伝子をきたるべき時の為に保管しておく」重要性がこれで少しでも伝わっただろうか。ようするに、未知の危機には「何が必要になるか」さっぱりわからないのだ。だからこそ、現存する全ての種は「絶対安全な場所に保存されなくてはならない」その為に邁進したのが、最初に書いたベント・スコウマンである。

彼は「世界を飢えから一掃すること」を目指し、自分自身が徹底的に世界中を回って収集した遺伝子情報を保管し、世界中の誰もがアクセスできるものにし、データベース化するという信念を持っていた。これはどこか「世界中の情報にアクセスできるようにする」というグーグルの理念に近い物を思わせる。

しかしそんな崇高な理想に燃えるスコウマンの前には、特許を申請することにより他者が情報にアクセスできなくしてしまう知的財産権との衝突、保管する事業の経営の悪化、難癖をつけて研究を中断させる中国の嫌がらせ、などなど盛りだくさんであり、本書を読んで確かめてほしい。

スコウマンはこう語る。「もし種が消えたら、食べ物が消える。そして君もね」これは種が消えた時に慌てて対策を始めても遅い問題なのだ。できるだけ前から、種が生き残っているうちからすべてを保存しなければならない。

「種の多様性」の重要度を、認識する時がきているのだろう。大変興味深く読んだ。
目次

プロローグ 小麦を全滅させる疫病
第1章 世界の食糧を護る
第2章 種子の銀行の誕生
第3章 シードバンカー出動
第4章 辺境の畑に満ちる多様性
第5章 遺伝子組み換え作物の登場
第6章 種の遺伝子情報は誰のものか
第7章 遺伝子銀行の危機
第8章 地球最後の日のための貯蔵庫
エピローグ すべては保全されなければならない

地球最後の日のための種子

地球最後の日のための種子