基本読書

基本的に読書のこととか書く日記ブログです。

僕のエア

『ネガティブハッピーチェーンソーエッジ』『NHKへようこそ』の滝本竜彦氏の新作、とはいっても初出は2004年。大変面白かったです。

この滝本竜彦さんというのは、対して作品数を出していないにも関わらずネットでは多々話題になる作家さんで、ネガティブ〜しか読んでおらず、しかもその時の感想が「何か変な話だなあ」ぐらいの印象しかない自分には結構不思議だったんですよね。なんで話題になるんだろう? と。

でもこの『僕のエア』を読んでいたら、なんだかわかるような気がしてきました。なんか、今の20代から30代前半ぐらいの心情に凄くマッチするような、そんな小説なんですよね。これ程までに自然と若者から大人へと移り変わっていく人達の漠然とした不安というか、どうしようもなさみたいなのをそのまんまに書ける人は、あんまりいないのではないかな。

主人公は24歳で、就職はしたものの悲惨な仕事に嫌気がさし退職、その後単純労働アルバイトでやっと生きて行くだけの生活費をなんとか稼ぎだしていく生活……。貯金も無く、仕事もなく、生きがいも無く、友も恋人もいない。ある日車に轢かれそうになった主人公は、13歳ぐらいでレインコートを着ている主人公にしか見えない薄い少女エアに出会う──

主人公は物事を全てメタ的に考えてしまうのですが、なんかそれがひどく現状色々なことに重ね合わさって苦しさの表現に繋がっていると思いました。たとえば本書の冒頭は「友が皆、俺より立派に見えたとしても、あまり自分をせめてはいけない。 その惨めさは、ただの幻覚妄想だ。」*1という文章で始まる。

他者との比較なんて無意味だ、自分が見下されているように感じてもそれはただ単に人間関係の世界の中での話で、現実ではなんら意味を持たない。たとえば見下されたからといって死ぬわけではないように。思えば、幸せと感じる楽しい感情も、死にたいと思う悲しい感情も、全ては結局脳の中の現象でしかない、と冷めた目線でしか物を考えられなくなってしまったのが僕らの悲しいところなのでしょう。僕らはもうなんだか色々な神秘的なものを信じる力を失ってしまったのです。

主人公は喜んだり悲しんだりしながらでもやっぱりこれも幻覚妄想だ意味なんかねーんだと何度も自問自答しながらでもやっぱり喜んだりオナ禁して全ての生物に浴場してみたりヤバイ薬物を育ててみたり女の子とデートしてみたりと色々やる。

その都度これは幻覚妄想なのだと終わらない自問自答を繰り広げるつらさが、僕にはなんだか今の若い世代の「エア」なんだろうなと感じさせられました。

僕のエア

僕のエア

*1:p.5