基本読書

基本的に読書のこととか書く日記ブログです。

月に囚われた男

映画。DVDにて視聴。監督はこれがデビュー作のダンカン・ジョーンズ、評判が良かったのと、なにより「月」というモチーフに惹かれて(原題はMoon)みたのですが、これが大変素晴らしい。月と地球というイメージの圧倒的な美しさと、月の象徴ともいえる孤独の描写。こういうのが観たかったんだなぁ、と観終わった後に気が付くような作品でした。

なんとこの映画、最初っからほとんど最後まで、一人の役者しか出てきません。未来の地球、月の裏側からとれるエネルギーによって、地球ではもうエネルギー不足から解消された世界が舞台です。そんな世界で、企業から派遣されたった一人っきりで月のエネルギーを確保する装置を監督しているのがサム・ロックウェル演じるサム・ベル。

任期である三年を終え、地球に帰って妻と子供に会えるまで後二週間──、しかし、サム・ベルは何かがおかしいと気が付き始める……。

考えてみれば科学が発達し月での採集行動を行うこともできる進歩した世界において、監督官が「たったの一人」というのはおかしな話です。月には一人で住むには明らかに広すぎる基地があるのだから、せめて10人ぐらいは派遣してもよさそうなものでしょう。

序盤から時間をかけてこうした「え?」と少々疑問に思うようなとっかかりがばめられていきます。そして明かされる驚愕の真実──。もうこのあたりまでくると、緊張と圧迫感で腹がきりきりと痛くなります(僕は緊張に弱い)

同時に表現されるのが何もない世界にたった一人っきりのどうしようもない孤独感。これが、なーんにもない、荒廃した大地がだだっぴろく続いている月のイメージと重なりあうと、かなりいい感じにサム・ベルの心情としてグっと迫った感じになって、大変素晴らしかったです。

そうそう、そう言えばちょっと前に公開していた「アイアムレジェンド」という映画は、「世界でたった一人生き残った男が〜」と紹介されていて喜び勇んで見に行ったら開始十分か二十分後にはすぐにいきているヒロインが出てきて「ふざけんなぁ!!」と思ったものですが、こちらは裏切られることはありません。

それにしても、「世界でたった一人ぼっち」というモチーフに惹かれてしまうのはなぜなんでしょうね。「人は一人で生きて一人で死ぬ」というようなどこかで耳にした事がある名言を反芻するまでもなく、結局のところ人は自分の心情を誰かに完全に理解してもらえることは無理なわけで、そのような孤独をフィクションでもいいので表現して、理解してほしい、と感じるのかもしれません。

低予算映画ということで(製作費は5M$だとか)宇宙の表現やセットにはかなりウソ臭さが漂っていますが、その代わりアイディアが素晴らしい映画です。それからなんといっても俳優のサム・ロックウェルの演技が超素晴らしい! 多彩な演技を見せつけてくれます。これはオススメ。

以下はネタバレ有りの感想なので出来れば読まないように。
さて──「なぜ月にたった一人の労働者しか派遣されていないのか」に対する答えは「一人ではないから」というのが本作のネタバラシ。主人公のサム・ベルは事故で死んでしまったり、二週間のお勤めを果たすと「地球に帰還する」箱の中に入りこんで、眠り、そのまま殺されてしまいます。そのかわり、基地の地下に所蔵されている大量の「クローンサム・ベル」が、新たに一人、意識を蘇らせるのです。残り、二週間で地球へ帰れると信じて──。

本当の孤独はここにあります。ただ単に「月へと仕事で三年間単身赴任」だけならば、孤独ではあっても妻や子、企業との「社会との繋がり」はまだ生きています。しかし「自分がクローン人間」であったらどうか? 社会とのつながりも消え失せ、正真正銘のひとりぼっちです。それどころじゃなく、「自分にしかできないこと、自分だけの思いで」のような、固有のアイデンティティさえも揺さぶられる。

今の低所得者労働階級における、「誰がやっても同じ仕事」に対する希望の消滅のような問題をダブらせて観てしまいました。おお、こわいこわい。同時に労働者に対して企業はこんなにひどいことをする、という告発のような単純な見方もできます。なんにせよ、腹が痛くなるような現代の、切実な問題をテーマとして読みとってしまえるような、そんな映画でした。

まあラストは「ふーん」って感じでしたけど。