基本読書

基本的に読書のこととか書く日記ブログです。

華竜の宮

いやあ、これは傑作。いいですね。どこが良かったのかな。まだ読み終わったばっかりで、結構興奮していて、冷静になれていないのでわかりませんが、一つずつ、確かめるようにして良かったところを順を追って考えていきましょう。いきましょうというか、勝手に僕がやりましょう。

一に、世界観が素晴らしい。ここでの世界観とは一般的な定義はどうだか知りませんが物語の中に作り上げられた世界、というただそれだけの意味です。で、これが果てしなく魅力的。海底隆起によって陸地面積のほとんどが海底に沈んでしまった25世紀の世界が舞台なのですが、ほとんどが沈んでしまって人間は海上民といって海の上で<海舟>という生物に乗って生活する人々と、今まで通り陸上で生活する人々に別れることになります。

まず世界のほとんどが海に沈んでしまった、というビジュアルイメージが最高です。同時に海上民が用いる<海舟>の誕生エピソードがまた、端的に物語として素晴らしい。いったいどこからこんな幻想的な発想が出てきたんだ! と始めて読んだ時は心ふるえました。海上民は出産すると、人間の子供と<海舟>を必ず双子で産むのです。そして産み落とされた<海舟>はすぐさま海に放され、長い年月をかけて生き残った個体だけが双子の相手のところに戻ってきて、パートナーとして長い年月を過ごすのです。

二つ目に、論理的な構成、展開が素晴らしい。架空の世界を作り上げるというのは、本来行き当たりばったりで行われるものではなく、このように入念な思考の上に成り立つものであるべきなのだ、と本書を読んでいると思わされます。まず陸地面積が急激に減少したことにより、人間の生存領域が陸と海に別れる、そして海で生活する人々は、その性質上(特定の場所などに居続けることが出来ないから)政府というものを持たず(一種のリバタリアンのようなものだ)まさに「自由」の象徴のようにも見えます。

また「子供が必ず海舟と生まれてくる」という一事でもって、海上民たちの生命倫理はこれまた非常に論理的に「全ての生物の価値は同一である」というような、思想を抱かせるに至ります。ここまででもどれだけ論理的な構築にしたがって、世界観が出来ているのかがわかろうというものでしょう。同時に主人公ともいえる青澄は、外交官として決して暴力を振るわず、「言葉の力」のみを頼りに、一つ一つの交渉を進め、誰もが幸福になれる未来を目指していきます。

三つ目からはもう適当にざっくばらんにいきますが(おい)SF的なギミック、テーマの数々が素晴らしいですね。具体的には身体改変技術。そしてそこから始まる「どこからどこまでが人間なのか」という問い、これも「環境に適応せざるを得ない」ことから人間の身体をいじくりまわさざるを得なかったある意味どうしようもないところから問題が始まっているんですよね。

あとやはり抜かせないのが「日本沈没」的な要素でしょう。つまりパニックSF的な要素。地球は間断なく危機に襲われ、中に居るちっぽけな人間はその中で右往左往するしかない。世の中には絶対的に敵わない「自然」があるのだ、という絶望的な状況に陥った時に、人はいったいどのように「行動」するのか。悲観して泣いて暮らすのか。

あくまで最後の瞬間まで希望を持ち続けて行動するのか。その時の希望とは、いったい何なのか。

そうそう(まだ続くのかよ)そういえば、アシスタント知性体という、陸上民に与えられる人間の補助行動を行ってくれるAIのようなものがでてきます。基本は体を持っていないのだけれども、ボディを持たせることもできる。これについてはもっと色々書かれることがあったんじゃないのかな──と思います。

ネタバレになってしまうので書きませんけれども、特にラストのあたりなんかは、この件については色々と語り合う、議論する余地がありそうです。読書会とかしたいと思いました(これ昨日も書いたな)。

なんにしろ恐ろしく練り込まれた世界観で、描写の端々からそのことが感じ取れますので、あとがきにも『もし敵うならば、この世界観を使った別の物語を、また書いてみたいと思っております。』とあるので、これはもう同じ世界観を使った過去編未来編枝葉末節のキャラクターたちの物語を尽きることなく書いて貰いたいものだなと思いました。

華竜の宮 (ハヤカワSFシリーズ Jコレクション)

華竜の宮 (ハヤカワSFシリーズ Jコレクション)