基本読書

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数字で世界を操る巨人たち

数字というよりかも本書が取り扱っているのは「データ」。高度に情報化された社会で、私たち人間がデータに変換され日常がひどく便利になる現実の、紹介のようなものです。データを扱う巨人たちへのインタビューから著者が再構築した一冊。SF小説さながらの来るであろう未来に「凄い」と同時に「怖い」と思ってしまう内容。

目次

はじめに
第1章 ビジネスマン――業務の効率化がもたらす苦難
第2章 買い物客――あなたは買わされている
第3章 有権者――アメリカ大統領選挙の水面下の攻防
第4章 ブロガー――消費者の本音はインターネットから探せ
第5章 テロリスト――諜報機関はアルカイダを追い詰められるか?
第6章 患者――高齢化社会を支える情報技術
第7章 恋人――最適な相手を求めて
おわりに

第1章で紹介されるのは変わりつつあるビジネスマンの職場。事務所の労働者は新聞をみたり、私的な電子メールをみたり、ほんのちょっとのTwitterなら上司の目を盗んでやることができます。しかし工場の労働者であったり、小売り販売の労働者はそのようなことがこっそり出来る環境にはいない。そのような構図が、変わりつつあると言います。

パソコンが仕事の大部分になっているのだから当然と言えば当然。監視は容易になりメールなども全て管理者に筒抜け。サボって好きなサイトばっかり見ていれば当然バレることになります(もしくは開けない)。本書でインタビューされるのは社員の価値を数値化し業務効率の向上を図るIBM社のサマー・タクリティ。

「何から何まで数値に変えなければなりません」とタクリティは言っていて、正直かなり恐ろしい。もちろん社員のことだ。人をモデル化する為に多様なデータを収集して打ちこむ。現在の項目でさえ個人のクセ、通勤の経路、同僚との相性の良しあしが含まれていて、いずれは牛肉や豚肉を食べるか、飴と鞭のどちらに弱いかまで追加されるに違いない。

このようなデータベースがあれば、たとえば中国に出張する人間を5人選ぶ時に中国語が話せてパスポートを持っていて技術的にも人間関係的にも問題が無い社員を検索欄に打ち込むだけで簡単にリストアップすることができるだろう。当然疑問に思うのは「個人の感情を無視している。行きたくない人間を行かせたら効率は下がるはず」ということ。

この点も考慮しているが、要するに考慮の仕方は「有望な人間に対しては考慮して、いくらでも変えが利く人間はとっととクビにして新しい言う事を聞く人間を入れる」だ。クビにするコストが安いアメリカならではではあるものの、最悪な手段であると言うほかない。

IBMのような会社で進められている計画としては、社員を技量や知識で分類するだけではなくて、1時間や30分単位で細かく時間をわけて管理させ、仕事の完遂も小さなステップに分割され(15分後までにここまでやるというように)ていくのだという。

「1984の世界だ!!」と叫びたくなってしまうが、タクリティの反論によれば「システムによって社員の生産性が向上すれば市場から見返りがある。奴隷の身分でも給料が上がる」ということだ。たしかにそれはそうであろう、と思う。より効率的になって、より会社(そして社会)は繁栄するだろう。

今後そのおかげでもっと暮らしやすくなるのだろうし、そうなるのだったら(たとえ後の世代だけが利益を受けることになっても)十分恩恵は受けたと言えるのかもしれない。

一番とっつきやすい話題として第1章だけとりあえず紹介したけれども、他の章も大体この問題をはらんでいる。「効率的な素晴らしい社会」あるいは「監視社会の到来」のせめぎ合い。印象的なのが医療を扱った第6章。現在開発と試験を続けている装置に、通信の機能を備えた測定機があるという。

これは人々の振る舞いをすべてにわたって記録し、統計的なモデルの構築を行う。歩行のリズムが分析され、寝がえりがグラフに描かれ、トイレの回数や所要時間まで計測される。伊藤計劃の書くSF小説『ハーモニー』には、Watch meと呼ばれる体内埋め込み型の健康維持装置が実行する完全医療社会への反抗が描かれるが、その時代がすでに到来しかかっている。

とはいうものの、これがちゃんと普及すれば「今まで本人と周りの人が気が付かなかっただけで着々と進行して、いざ気が付いた時にはもう手遅れ」といった悲惨な出来事が消え去ることになる。結局のところ、良い面も悪い面もある。

火がその有用さと同時に扱いを間違えれば一瞬で全てを灰に変えてしまう危険性も併せ持っているように、これから重要なのはプライバシーとその効用について自分でしっかりと知り、判断することなのだろうと思った。なんにせよSF的な未来はもうすぐそこまで、というかもうきている。

数字で世界を操る巨人たち

数字で世界を操る巨人たち