基本読書

基本的に読書のこととか書く日記ブログです。

カラー版 小惑星探査機はやぶさ ―「玉手箱」は開かれた

これは凄い。はやぶさ関連書籍は多く出ていますが、最初にこれが読めて良かった。小惑星探査機はやぶさの、いったい何が凄かったのか、新しかったのか、その凄まじいミッションをクリアする為に、いったいどれだけの困難と思考錯誤と、一致団結と神頼みが必要だったのか。プロジェクトを主導した川口淳一郎さんによって書かれている。

正直言って僕は「何度もピンチに陥りながら復活したことが美談のように語られているけど本当ならピンチに陥らないで行って帰ってきたときにこそほめたたえるべきなんじゃないの」とか斜めに構えて思ってたりもしたんですけど、甘かった。そんな難易度のミッションではなかった。

始まりからして燃えてくる。惑星探査の方法には大きく分けて四つあり、天体のそばを通り過ぎる際に探査をするフライバイ、天体の周りをまわって観測するオービタ、着陸して調査をするのが三つ目で、最後にサンプルリターン、はやぶさが見事やってのけた方法がありいちばん難しい。

NASAとの共同研究を重ねながら実行できる計画を考えていくものの、NASAはやろうと思えば豊富な資金力と今までの打ちあげ経験から来る技術力で何でもやってしまっていたという。そんな状況下で日本のメンバーは様々な妨げから考えが確立されても実現できるわけではない。アイディアをとられるいっぽうの状況で、どうしたらいいのかと考えさせられたと言う。その時の言葉が熱いのだ。

NASAがやったことを教科書として、われわれも同じことを学ばせていただく」というコピー計画なら、NASAに邪魔されることはないかもしれない。だが、それで何が得られるだろうか。われわれはそういうことはしない。*1

名言入りましたー!! 「われわれはそういうことはしない。」そして考え付いたのが、かなり背伸びをした計画、四つ目のいちばん難しいサンプルリターンをやってのけよう、ということでした。これがはやぶさにつながります。

話は脇にそれますけど、本書、カラー版なのが凄く素晴らしいです。イトカワの写真がばりばりカラーで貼られまくりますし、宇宙からみた地球や月、図解入りでスイングハイが説明してあったり、かなり直観的にわかりやすい。カラーでかなりアップで映されたイトカワ表面の写真なんか、「これが地球から3億キロ以上離れたところにある小惑星か……」と考えて、胸が熱くなります。

しかも面白いのが、イトカワの表面、真っ平らで着陸地点となるところなどの各場所に地名を命名することが出来たそうなのですが、その地名が「淵野辺」とか「相模原」とかなんですよね。淵野辺宇宙科学研究所の最寄り駅で、僕の家からかなり近所なので「うちの近所なのに3億キロも離れているだと!?」とギャップが面白かったです。しかもこれ公式な名前だっていうんだから、わらっちゃいますよね。

他にも鴨居(これも超近所!!)とか「内之浦」とか。はては国際的に承認されたものではないながらも、近所のラーメン店の名前をつけたりしてたというので、遊び心に溢れてますな。僕も星に名前つけたりしたいよう……!

すげーな、と思うのは、遥か彼方にいて通信さえも17分間のズレが起こるはやぶさの軌道を計算するのが、地球にいる人間の紙と鉛筆だっていうところです。残された燃料で最適な航路をわたり、スイングハイを繰り返しなんとか目的地へと辿り着けるようにする為に、必要なのは紙と鉛筆なのです。あと脳みそか。

理想的な「自発的にがんがん成長していくチーム作り」という観点からみてもこのはやぶさのミッションは素晴らしいと思います。宇宙空間での何が起こるのかわからない運用を迎えて、故障は頻発するわ姿勢制御はうまくいかないわ着陸させるのが困難だわ(17分間の遅延が発生するので実際にイトカワに着陸させる時には全てのパターンをプログラミングではやぶさに仕込んであとは神頼みしか無い)と困難は後を絶たない。

そんな時に運用室では誰もが自発的に行動し、誰もが現状を改善もしくは対処する為のアイディアをどんどん出し、「よいものは」採用されたといいます。これがひょっとしたら当たり前なのかもしれませんけど、しかし現実では本当に「よいアイディア」が採用されたり、アイディアを自発的にみんながどんどん出してくれるなんて言う環境はそんなにないですよね。

はやぶさ」が本当に世界で初めてで、とんでもないミッションだという自覚が多くのメンバーを興奮させ、通常ではありえないほど一気に人を成長させます。そして実際にめちゃくちゃ難しく、「ネコのアイディアも借りたい」切羽詰まった状況こそが「本当に優れたアイディアをとりあげる」ことに繋がり、理想的な環境を作り上げたのだろうと思います。

一人一人の自発的なアイディア出しによって、はやぶさが数々の難問をクリアしていくのが読んでいて本当に面白いです。最終的に川口淳一郎さんは、はやぶさをまるで本当に人間のように意志がある存在かのように書き始めるのですが、なんとなくわかる気がする。

一般的なAと押したらBと反応が返ってくるプログラムとは違って、はやぶさは複雑なルールが編み込まれてかなり自律的に行動するんですよね。危機に対して自律的な行動をとって、回避行動をとったりするわけですが、その姿に川口淳一郎さんは心を見たのでしょう。

『ロボットとは何か』という本には、うろ覚えですが「劇? の中で役を演じるロボット」のようなものが出てきます。それは演技をロボットが事前に仕組まれたプログラム通りに行うのですが、その劇を観た多くの人たちは「ロボットに心があるように感じた」と答えたそうです。人間が相手に心を感じるのは、極めて主観的な物なんですよね。当然劇を行っているのはプログラムだとわかっているはずなんですけど、その行動が自律しているように見えると心を感じる。

いやしかし無粋な話ですね。本書は、はやぶさ関連の本を読んでみたいなぁ〜〜と思っている人に、是非オススメします。最後、燃え尽きて地球に落下していくはやぶさのカラー写真を見た時、やっぱり感動してしまいました。ただの機械なのにね。

*1:p.11