基本読書

基本的に読書のこととか書く日記ブログです。

『これはペンです』をより良く楽しむための二冊

『これはペンです』という不思議なタイトルは小説家の円城塔先生の新刊。『これはペンです』と『良い夜を持っている』の中編二つで構成されていて、前者は芥川賞の候補にもなっている。円城塔といえば何を言っているのかわけがわからない作品を書くことで有名だが本書は(僕個人の評価として)例外的にわかりやすい、少し読者の側まで降りてきてくれている感じ。もっといえば、円城塔による円城塔の解説、みたいなものだと個人的には思っている。

この二編は当然小説なのだが唐突に物語に関係があるのかないのかよくわからない話が始まったりする。突然本筋と関係あるのかないのかわからない話が始まり、何らかの結論が導きだされるといつの間にか本筋とつながっている。たとえばこのような問題提起が突然なされる。

何かの機能を持たない人は、代わりの能力を発達させるものだという。目が見えなければ鼻や耳が鋭くなって、耳が聞こえなければ目や鼻が敏感となる。何かがなければ他の何かが補完する。しかしこれはまるで体の構成が足し算引き算で考えられるものだと言うようだ。(だからいかがわしい)

適当に要約するとこんな感じである。これがどう本筋につながっていくのかは読んで確かめてもらうとして、読書メーターの話をしよう。

読書メーターとは読書記録をつけられるWebサイトであり日夜改築が行われている。円城塔先生はそこに最初期から登録しており、どんな本を読んだかというのは我々にもすぐにわかる。たまにコメントを残す。それを見ると今年の3月1日に円城塔先生はこのような本を読んでいる。『最新脳科学でわかった 五感の脅威』そしてコメントを残している。『これはすごい。邦題はひどすぎ。』

このコメントを読んでなるほどすごいのか僕も読もうと思っていつだったか読んだ。その時の感想⇒最新脳科学でわかった 五感の驚異 - 基本読書

まとめるとこの本は何かの機能を失った人間はその他の機能を増幅させることがままあることや、五感には実は優れて潜在的な能力があること、また普段は強く意識にのぼらない中でも、潜在的に様々な影響を及ぼしていることを示している。まあ要するに、上記のような問題提起の出発点としてこの本があると推測できる。


次に『良い夜を持っている』の副読本を紹介しよう。こちらはもっと直接的にかかわってくる。もうだいぶ書くのもあきてきたので先に書名だけ上げてしまうと、『偉大な記憶力の物語――ある記憶術者の精神生活』というのが、副読本だ。読書メーターでこの本について先生はこのようなコメントを残している。『素晴らしい。凄まじい。もの凄い。』

これはタイトル通り凄まじい記憶力を持った人間の調査記録である。僕の感想はこちら⇒偉大な記憶力の物語――ある記憶術者の精神生活 - 基本読書

何につけても凄いのは、どんなに無意味な数字を並べても一瞬で暗記してしまうこと。それを何年も経った後にも同様にそらんじることができる異常な記憶力。この記憶力者は名をシィーというのですが、彼は物事を他の感覚との混線で感じていて、それが記憶力の源泉になっています(詳しくは読んでください)。

「私はレストランに坐っています──と音楽が始まります……何のために音楽があるかおわかりですか? 音楽があると、どの料理も味がみんな変わります……そして、必要に応じて、ふさわしい音楽を選びますと、どの料理もおいしくなります。……おそらくレストランで働いている人は、このことをよく知っているのだと思います」──『偉大な記憶力の物語』

ここからは僕が書いた感想から少し引用。

ここからが一番驚いた、凄まじいと思ったところなのですが、シィーによる凄まじい想像力は、自分自身の状態を自由自在に変えることが出来るのだ、という点です。シィーは自分の心臓の働きや、自分の体温を随意にコントロールできると話しました。

心拍数があげたくなったら汽車を追いかけているのを想像し、何とか追いついて階段に飛び乗ろうと凄まじい勢いで走っているという「想像」。それだけで彼は、自分の心拍数を自由自在にコントロールすることができる。そして、右手に熱いものに当てているところを想像するだけで、左右の手の温度をコントロールすることができる。

同様の方法で痛みも抑えることが出来る。シィーは子供の頃、学校に行きたくないあまり想像の中で学校に行き、本当に学校にいったと思い込んでいるところを親に怒られたそうです。想像と現実の区別がつかなくなるほどリアルな「想像力」とはいったいなんなのか。

『良い夜を持っている』では、偉大な記憶力の物語同様に、異常な記憶力を持った父親がお話の中心になります。父親は物事を自分の頭の中にある巨大な「都市」とすべてを関連させて覚え、現実と頭の中にある都市の区別がほとんどつかなくなっています。偉大な記憶力の物語が元ネタなのは言うまでもないでしょう。

『偉大な記憶力の物語』を読んでいると、『良い夜を持っている』はさらに楽しくなると思います。何よりこの小説は、とても情景が美しい。そして、センスオブワンダーがあります。この二冊を読むことで、センスオブワンダーに、触れやすくなる。単体でも面白い二冊なので、興味があれば読んでみたらいかがでしょう。

偉大な記憶力の物語――ある記憶術者の精神生活 (岩波現代文庫)

偉大な記憶力の物語――ある記憶術者の精神生活 (岩波現代文庫)

最新脳科学でわかった 五感の驚異

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これはペンです

これはペンです