基本読書

基本的に読書のこととか書く日記ブログです。

呪いの時代

内田先生の本はブログ本が多く出る。これもその類だろうと思ったけれど一応確認してみたら連載の単行本化ということで一も二もなく買った。「呪い」と「祝福」について一章ずつ書かれることで始まる本書はともすれば物語と言われても仕方が無いような抽象的な話が多いけれど論理は通っておりそして何よりその論理は幸せな人生をまっとうする上で役に立つ。

現実の問題をいかに万人が納得できる形で分析し提示するかというのは大きな問題ではないのです。現実の問題があるならば、それがいかに荒唐無稽でリアリティがないように見えたとしても効果のあるアンサーが僕らには必要とされる。当然の話ですが、なぜなら問題が起こっている時に必要なのは分析ではなく改善が見込める手順だからです。

主に思想、心構え、考え方、なんでもいいですが、そういう内面上の問題について内田先生は精通しているのでしょう。

政治の話とかは僕はあまりまじめに読む気になれないのですが、いかにして精神を健康に保つのかといったセラピストとしての能力が抜群なのではないか。これはノンフィクション作家とフィクション作家でたとえるとフィクション作家に近い能力だと思う。

一番本質的な部分であるように読める一章『呪いの時代』と二章『「祝福」の言葉について』簡単にまとめてみましょう。そうすることでなんとなく僕の言いたいことが伝えられるのではないか。

「呪い」というとRPGの世界にしか出てこない言葉のようにも思えるが内田先生によれば現代にも呪いはあるし、むしろ平安時代以上に今のほうが呪殺されている人が多いのではないかとさえ書く。呪いについて具体的な定義は書かれませんが、というか割と都合良く多義的に使っているようですが、勝手に推測するに「自分自身の能力を縛り付ける思想および言葉」というところではないかなと。

たとえばロストジェネレーション世代にあたる人々が「私は卒業年次がたまたま不況の時期にあたった為に社会の最下層に位置させられている」と考えたとします。この人が下層にいるのは歴史の偶然であり自分のせいではない、社会は「アンフェア」であり、運が悪かった我々は努力をしても仕方がない、無駄なのだからと結論付けるのに多くのパワーはいらないでしょう。

そして社会は割とこの手の物語を好むように見えます。不況が就職難含め多くの困難を生み出しており、不況から脱出すればすべては好転していく。悪いのは不況であり個々人のせいではない。もちろん現実はアンフェアな側面が確かにありますが、このような現実をまるっと受け入れて何かいいことがあるのか? と内田先生は問います。

当然、ないわけです。アンフェアだが、そんなことをいっても仕方が無いわけで、「だから努力をしても報われないのだ」と自分に説明してはならないのです。

決して自分の脳力は適切に評価されないだろうと思う人間は努力をしません。結果的に自分の確信通りになるわけですが、それは真実をその人が知っているわけではなく、「自分は真理を知っていると思い込む呪い」を勝手に背負っているだけといえます。

こういった呪いに対抗する手段が「祝福」であると第二章の話題に続きます。「呪い」が自分を縛り付ける、もしくはまったく違う自分を空想しそちらに引っ張られること、要するに自己を見誤ることだとすれば「祝福」はありのままの自分を主体として維持することです。

教育においては「君たちには無限の可能性がある」という言葉は良い言葉として取り上げられるけれども「身の程を知れ」というような事はあまり歓迎されない風潮が続いていると思います。しかし無限の可能性を実際に手にするためにはまずもって「自分が現時点でどのあたりにいるのか」「自分はどれだけ物を知らないのか」という自分の相対的な立ち位置を知るマッピング的知識、能力が必要なのです。

まあ、「ありのままの自分を受け入れろ」という話なのですが、ありのままの自分って何だろう? それはどこにあるんだろう? と考え始めると、また呪いがかかることになる。どれだけ探しても「どこか別のところに本当の自分がいるかもしれない」という不安から逃れることはできないからです。

なので、「ありのままの自分」とはそのままの意味で、今こうして息をして飯を食っている自分なわけで、それは常に現在進行形で開かれているものなのです。「祝福」とは決して終わらない生を記述し続ける試みであると言えます。「これが私だ」と言っちゃダメなんですね。「私とはこれでありこれでありこれであり───」と無限に続く連鎖が「呪い」を消すんだ、そういう話だったと思います。

なんか長くなってしまったけど個人的には有意義だったな。最初にも書いたとおり僕が特に感じたのは、「現実にアンフェアな点はもちろんあるけど、そこを認めちゃうと幸せになれないから見ないようにしようね」という実際的な考え方なんですよね。

というかまあ、そこまで言い切らなくても、要はバランスってことなんだろうな。常に揺れ動く物のバランスをとるのは一瞬頑張ればいいっていうもんじゃない、常に注意し、操作しなければいけないことですけど、なんかそういう物なんだなと僕は理解しました。

呪いの時代

呪いの時代