基本読書

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ヴィクトリア朝時代のインターネット

インターネットの本質が「距離に関係なく情報のやり取りができる」だとしたらその革命をこの地球上で最初に成し遂げたのはヴィクトリア朝時代だった。ヴィクトリア朝は時代的には1837年から1901年の間を指すが、この時、すでにインターネットは存在していたのである。

もちろん今と同じインターネットがあったわけではない。ヴィクトリア朝時代に生まれたのは電信(電報)である。仕組みはごく簡単で電線と電池とランプがあれば後はつなげたり離したりすると電気がついたり消えたりするのでこれで情報を送り合うのだ。

この簡単なテクノロジーでとてつもない距離を即座に超えることができ、コミュニケーションの速度は飛躍的に上昇した。世界はこれで一つになると多くのメディアが書き実際にビジネスから何から何までが変わった。

まさに今使われているインターネットと同じことがヴィクトリア朝時代に起きていて、人々の生活に与えた影響は驚くほど似ている。本書は現在のインターネット全盛時代だからこそ電信が理解できるし、また電信が辿った道筋をたどることでインターネットのことをより良く理解できることを目標としている。

その目論見は見事に成功していて、なかなかに刺激に富んでいて読んでいてとても楽しかった。何しろ今から200年近く前にすでにインターネットがあったという時点で驚きではないか。そしてその反応の類似には200年たっても人のテクノロジーを受け入れる工程はほとんど変わらないなと笑ってしまう。

電信に挑戦したのはクックとモールスである。その頃長距離にケーブルを敷くのは難しいと考えられていたが段々と科学的な進化も整ってきており、あと少しのところだった。この二人がその少しを何年もかけて乗り越えた。現在と大きく異なるのは、この二人が正規の科学教育を受けていないアマチュア科学者だったところだろうか。

この時代のテクノロジーにはまだ大した科学知識がなくても好奇心とひたむきささえあれば何事かを立ち上げられるだけの初期段階にあったといえる。しかしそれも彼ら以降の世代になると科学の知識は分業化され推し進められアマチュアでなんとかなる部分はあっという間に開拓され尽くしてしまったように見える。まあアマチュアとプロの線引きも難しいものだけど。

そして実際に二人はそれぞれ独自に電信を作り上げ発表しカネを儲けようとするわけだが宗教主義者には黒魔術に似ているとか言い出し手の込んだ詐欺だという風評がとびかい政府に出資させようと議会に提出すると理解できない物に金はつぎ込めないとか、推し進める議員に対して彼は気が狂っているんじゃないかと観察したし誰もそれを信じていなかったなどと言われてしまう。

もちろん誰しも理解出来ないものには恐怖を感じるし、騙されているんじゃないかと思うし、理解もできないのに信じるつもりにはなれないだろう。ただ知ろうとすることは出来るはずだし実際調べて実験まで観察すればそれが確かに見たところ遠くの物とやり取りができるとわかるはずである。しかしそうはいっても難しい物があるよなあと当時の議員にも同情してしまう。

何しろ全てを知ることなど出来るはずもなく、「見た感じはたしかに出来ているが、ひょっとしたら自分の知らない知識がまぎれこんでいて、騙されているのかもしれない」という疑惑を払拭することは難しい。これが払拭されるのは実際に大勢の人が使い始めて社会的な承認を得てからであるけれど……。

未知のテクノロジーを少数の人間しかそれを承認していない状況で自分も承認するのは困難だがそれが出来る人は賞賛されるし利益を受けるだろう。

その後電信は政府に認められ爆発的に普及した。国内に広がるのはあっという間で、すぐさま海外へとケーブルを敷設した。これも紆余曲折あったがなんとか成功し、今のようなグローバルなインターネットが立ち上がったのだ。そこでは暗号が使われ、オペレーター(電報を打つ際は相手に直接届くのではなくオペレーターを仲介しなければならない)、

同士の顔も見ないままの恋愛がうまれ、イカサマがあれば、電信を使うことによって商売のスピードが上がり忙しすぎて昔は良かったと回想しだす人もいた。電信は国家間の行き違いをなくし世界平和の時代へ導くものだと多くの人が信じた。これと同じようにインターネットも当初は「未来の子どもはナショナリズムとは何かを知らなくなる」とされた。

もちろんそんなことはなかったわけだけど。テクノロジーは最初はユートピア的な世界を見せるものだ。ただそれでも電信は世界を変えたし、電報を打つ文化はなくなってしまったけれどインターネットに形を変えて生き続けている。今やなくてはならないテクノロジーであるインターネットは元々なんだったのかということを知ることは日々の生活をもっと豊かにしてくれるだろう。

ヴィクトリア朝時代のインターネット

ヴィクトリア朝時代のインターネット