昨日公開。クリント・イーストウッド監督。レオナルド・ディカプリオが若い時から最晩年までを主演。余談ですけどこの作品をみて人に訊くまでレオナルド・ディカプリオのことをブラッド・ピットだと思ってるぐらい映画をほとんど見ないです。本作の主人公エドガーはマザコンなんだけど、そういう精神的弱さを持つけどめちゃくちゃ有能っていうある種の精神病なのかな。そういうキャラクターを演じるのがもう、レオナルド・ディカプリオは抜群にうまかった。演技がすごいんだ。
あなたは知っていただろうか。20世紀の半分を占める約50年ものあいだ、アメリカで大統領さえ及ばない強大な権力を手にしていた男がいたことを。そのたった一人の人間が、アメリカ中のあらゆる秘密を掌握し、国さえも動かしていたという事実を。
イーストウッドをここまで前のめりにさせ、ディカプリオに演じることを熱望させた伝説の男――彼の名は、ジョン・エドガー・フーバー。FBI初代長官。20代にしてFBI前身組織の長となり、以後、文字どおり、死ぬまで長官であり続けた。彼の在職中に入れ替わった大統領は8人にのぼり、その誰もが彼を恐れたのだ。ルーズベルトは彼に逆らえず、J・F・ケネディは彼の監視下に置かれ、ニクソンにとって彼はこの世でいちばん邪魔な存在となった。国家を守るという絶対的な信念は、そのためになら法さえ曲げてかまわないというほど強く、狂信的なものとなり、それゆえ彼は正義にもなり、悪にもなった。大統領をはじめとする要人たちの秘密を調べ上げ、その極秘ファイルをもとに彼が行なった“正義”とはいったい何だったのか?
誰が演じているのかわからなくなるほど徹底した熱演で、J・エドガーの20代から77歳までを演じて見せたディカプリオ。その迫真をもって名匠イーストウッドが降り立った人間の深淵。脚本に、『ミルク』でアカデミー賞を受賞したダスティン・ランス・ブラックを擁し、共演にオスカー・ノミネートのナオミ・ワッツ、「007」シリーズ(『007 ゴールデアイ』以降)M役のオスカー女優ジュディ・デンチら豪華キャストを配した最強布陣で臨む、事実に基づく隠されたドラマ。あくなき高みを目指した男の、果てなく深い心の奥底を、息を呑んで凝視せよ。
公式サイトから引用。いやあ凄かった。政治から調査を引き離し指紋操作などの科学捜査といった概念を引き入れた。組織を大きくしてアメリカの治安と平和を守るために正義を実行し続けた男を撮った映画です。脚本はエドガーがじいさんになったところから始まり、彼が過去を振り返る伝記を速記してもらい、過去と現在が交互に入り交じりながら展開されます。
それにしても素晴らしかったのはエドガーのキャラクタですね。めちゃくちゃ複雑な人格を抱え込んでいるんですけれども、この表現が面白い。まず喋るのがめちゃくちゃ早いんですね。全編を通して凄い速さでしゃべります。じいさんになっても速記してくれている相手にダーーー!! っと喋るので毎度毎度「おいおい……そんなに早く喋ったら聞きとれないし書き取れないよ……」と心配してしまいました。
速いのは喋るのだけでなく、行動もすべてが速い。一度ホテルで歯磨きをするシーンが出てくるんだけど「がしゃがしゃがしゃがしゃ(歯を磨く音)コップに水を入れて ぐちゅぐちゅぐちゅぐちゅ っぺ!!」という一連の動作がめちゃくちゃ早かったので「おいおい……歯周病になっちゃうぞ……もっとちゃんと磨けよ」と心配してしまいました。
でもそれが彼の神経質な正確を表していてよかった。速さを常に求めているのは、成すべきことをひとつでも多くなさなければならないと強迫観念的に考えているからでしょう。ひとつでも多くこの世で仕事を成し遂げて生きている限り自分が信じる正義を断行し続けなければならないんだという思想に追われ続けているのです。そりゃあ人格も歪む。
米国から犯罪者を完膚なきまでに排除するという「正義」を挙げて人を追い込んで組織を拡大していく彼の道のりはみていて気持ちが良いものではある。ただ一方であまりにも「絶対正義の名のもとに!」と正義を断行していくのでとても怖い。いったい彼の正義が正しいことは誰が保証してくれるのか。もちろんそんな保証は誰にも与えることができないので自分の正義を信じるものは恐ろしいのである。
母親からは「権力への指向」を植えつけられ、能力もあったが為に20代にすでにFBIで実質的なトップになっていた。以降何十年もトップに居座り続けるのだが、元々の絶対正義指向もあって自己が肥大化していってしまったのだろう。正義を実行する自分は英雄だと思ったのだろうと色々想像する。それを反映するように老いたエドガーはほとんど狂っている。現実でも過去を自分に都合のいいように変えたりしていたという。
かといって彼のしてきたことが全てひどい自己の勝手な正義の投影なのかというと当然そうではない。しかしやりすぎた。それに歳をとった姿には、観ている方からすれば悲しみがある。若い頃はとてつもない才能と情熱で改革を行なっていき、あくどいこともたくさんやってきたけれどそれ以上に犯罪を断絶してきた。でも歳をとったエドガーは、偏見にこりかたまって思考が縛られ、肉体的に衰えたあまりにも不自由な姿なのだ。
自由なまま歳をとるのは難しい。でも本作のラストはなんというか、それでもいいのかなという気にさせられる。イーストウッド監督の作品はどれも完成度が高くて素敵だ。はずれってものがないんだよね。