脳はすすんで騙される。
小学生の頃、一時期マジックにハマったことがある。ごくごく一般的で、練習も特に必要の無いマジックで、大の大人が子供ながらに容易くペテンにかけられるのが面白かったのだ。
あの頃一番やっていたのは至極簡単なマジックで次のようなものだ。左手に消しゴム、右手にペンを持ち、左手で握りこんだ消しゴムを消してみせるのでみていてくれという。一、二、三とペンで左手をたたき、それでは見てみましょう……と左手を開ける。
そこには消しゴムがまだある。失敗してしまったのだ。しかしそのとき手元にはすでにペンが無い。ペンが無いぞと驚いてみせる。実は三のタイミングで、背中にペンを刺している。
実は……と背中に刺したペンを見せて笑いながらペンに注目を集めている間に、左手に握りこんだ消しゴムをそっとポケットに入れてしまう。そして「次こそは消しゴムを消して見せますよ……」と再度やり直すのだが、当然そのときすでに消しゴムはポケットに入っている!
すぐにでも出来る簡単さだが、ここにはマジックのテクニックの重要なポイントが含まれている。マジシャンが使うテクニックはいくつかあるが、そのもっとも重要なのは「注意をそらす事」だ。
実は、人は一度に一つのこと、一つの箇所に集中してしまうと、他のことがまったく目に入らなくなってしまう欠点を持っている。たとえばこんな実験がある。とあるバスケットの試合をうつしたビデオを被験者には見せる。ただビデオを見せる際、「パスの回数を数えていてください」などと注文をつける。
そのビデオには実はバスケの試合中にゴリラが出現する。ゴリラといえば日常ではまったく目にしない動物だ。当然バスケットの試合にも、ゴリラみたいな人間は出てきてもゴリラはいない。だから普通、ゴリラがいればすぐ気がつきそうな物だが、パスの回数を数えるのに集中している人たちには、集中しているもの以外、明らかにおかしいゴリラが目に入ってこないのだ。
このように、容易く人は騙される。マジシャンはどうやって人の注意をひきつけ、意識外で事を果たすのか、それを脳の認識の見地から分析したのが本書だ。
脳には盲点がたくさんあって、日常的に多くの見過ごしを経験していることが本書を読むとよくわかる。読み終えたあとはきっと、他人も自分も信用出来なくなるだろう。でもそれは多分良いことだと思う。「あいつもこいつも嘘ばっかりだ!!」という信用のできなさではなく、仮に他人が信じられないような失敗や思い込みからくる間違いをおかしても「まあ、脳ってそういうもんだからね」と広い心で受け入れられるようになる。
脳を知ることは寛容になることなのだ。
脳はすすんでだまされたがる マジックが解き明かす錯覚の不思議
- 作者: スティーヴン・L・マクニック,スサナ・マルティネス=コンデ,サンドラ・ブレイクスリー,鍛原多惠子
- 出版社/メーカー: 角川書店(角川グループパブリッシング)
- 発売日: 2012/03/28
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