素晴らしい。森博嗣著、ヴォイド・シェイパという侍が強さとかを考えながら旅をする前作からの続編。何シリーズと呼称されているのかは知らないが、シリーズものの第二作。本来三作で終わる予定だったが、全五作になったようだ。ソースは知らない。Twitterでそう言っている人をちらほらみかけました。※前作の感想⇒ヴォイド・シェイパ - 基本読書
なぜ増えたのだろう、と読み終えた今思うのだけど、「思ったより先があった」というのがその理由なのではなかろうか。もちろんそんなことどうだっていいんだけど、でも、それだけの深さがこの『ブラッド・スクーパ - The Blood Scooper』にはあった。ヴォイド・シェイパよりもさらに深く、底知れない先があるように読めた。
思ったより長くなってしまった、というだけなのかもしれない。小説家のインタビューなどを読んでいると、往々にしてそういうことがあるようだ。ただ、森博嗣先生の場合は考えづらい。売上がたくさんあったとも聞かないし。
前作の『ヴォイド・シェイパ』は、主人公であるゼンが、スズカ・カシュウという一流の侍と二人っきりで、山で十数年過ごした後、カシュウの死後山を降り、旅をはじめ様々な人と出会うというお話であった。ゼンは空っぽの器で、何も知らない。だからこそ常識を知らず、ルールを知らず、色々なことをしがらみなく考えることが出来る純粋さを持っている。
その純粋さをもって、剣とは何か、強さとは何か、といったことを考えていく。そしてそこで立ち現れる完成形の一つとは、「考えないこと」だった。この主題は『ブラッド・スクーパ - The Blood Scooper』でも繰り返される。考えなければ、しかし動けない。相手の攻撃をかわすことも、狙うこともできない。それでも、考えないことが必要なのだ、斬り合いにおいては。
前作にその理由は書かれていた、と僕は思う。ようするに、斬り合いで重要になってくるのは、「人の意志」なのだ。刀をじっとみていても次にどこを狙ってくるのかはわからない。だから人の意志を読むことで、その先手を打ったり、あるいはかわして後手を打つことが出来る。その兆候は殆どの場合身体のどこかに表出する。一流の武芸者は身体を通して相手の意志を読む。
それでは本当に強い人は、相手の意志を的確に読むことができる人なのだろうか? そうではない──一流の侍は、そういった「意志の起こり」を見せない。「相手を斬ろう」と思わない。思わないまま、ただ手に持っている剣を、前に突き出す。そこには霧が葉から零れ落ち、それが地面ではじけ飛ぶように、理由がない。何も意図しない、考えない動作が、相手には対応不可能な必殺の一撃になる。動作の起こりがなく、絶対に読めないからだ。
でもその「相手を斬ろう」と意志しない意志は、一般的な侍のイメージとは異なってくる。ようするに、「戦おう」と意志した瞬間にすでに負けているのだ。だから、闘いを欲し、積極的に闘いを活用しようとする人間は、およそ斬り合いという意味においては「強くない」といえるのではないか。主人公のゼンは、まだその領域にはない。必死に考えて、自分の活路を導き出そうとする。
その姿が美しい。描写が美しい。よくぞここまで、と読んでいて思った。自在に文章を、感情を書き表せるものだ、と。森博嗣先生は、さらに変化しつつあるのだ、と思った。この作品の中でゼンは悩み、変化をしようとしているが、ずっと森博嗣作品を読んできた僕には、作品の変化とシンクロして胸が熱くなった。作品もまた変化している。『生きている人間に価値があるのではない。その変化にこそ、価値があるのだ』
前作との比較で言うと、より洗練された描写、思考が今言ったように美しい。また展開で言うと、前作はシリーズ一作目ということで、ゼンの実力で叶わない相手との斬り合いというのはなかった。が、今作の目玉はゼンのおおだちまわり、斬っては捨て斬っては捨て、さらには自分の実力以上の相手と戦う、「戦いの一冊」だ。『戦うとは、つまり自分が変わることだ。何故変わるのかといえば、それは一度死ぬからだ。』きっとそうなんだね。
血を沢山流せば、やがて死んでしまう。流れたその血を掬って注いでも、生き返らせることはできない。これは本書に書いてあった言葉だが、それが自然なことだ。自然に考えれば人生に意味はなく、斬り合いで相手を殺したから、生き残っている方が勝ったのかといえば、そんなことは関係がない。生き残っている人間が勝手に思っているだけのことだ。それだけのことが、なんて多いんだろう。
久しぶりに、すっきりした気分になった。自分が今まで蓄えてきた色々なものが、リセットされるような気分。心地良い。この先が楽しみだ。どう変化していくのか。
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