仕事をしている人と、これから仕事をしようと思っている人は読んでいると少なからずいいことがある本だと思う。本書は副題からも分かる通り「2025年の未来の働き方はどうなっているだろう」についての本なのだが、何しろ今の仕事観というのは世代ごとに大きな乖離がある。終身雇用が当たり前だった世代と、子ども数が多く競争が当たり前だった世代、そしてデジタルネイティブたる平成生まれの人間が続々と会社に入ってきており、仕事観の断絶が内部にいるとよくわかる。
本書は「未来の働き方」についての本であると書いたが、未来の完全な予測などできないことは今更強調すべきことではない。明日何が起こるのかもわからないのに、10年20年先のことなどわかるはずがない。しかし「起こるであろう傾向」があるのはわかるだろう。テクノロジーの進化、グローバル化の進展、人口構成の変化と長寿化、社会の変化、エネルギー問題の深刻化などがそれだ。
どれひとつとっても現代で既に問題になっているものばかりだが、だからこそこれから先もっと問題が深化していくのは疑いなく事実だ。本書では上記5つの要因を主軸に、それぞれ変化した後に何が起こるのかを32のトピックにまとめている(知識のデジタル化が進む、など)。「完全な予測」は不可能だが、これらのトピックを用いながら「傾向の予測」を行おうという趣向である。
この32のトピックだけみてもたいへんおもしろいのだが問題はここから先だ。傾向の予測とは何もひとつではない。完全な予測ができない以上、予測はそれこそ無限のシナリオにわかれていくことになる。本書では「何もしなかった場合の暗い未来」と「能動的に行動を起こしてシフトを起こした場合の明るい未来」のシナリオを書いていく。意図しているところは明らかで、我々は未来を明るくしたかったら、行動を起こしていかなければいけないのだ。
そうはいってもどんな行動を起こしていったらいいの? という不安を、恐らくすべての仕事人は抱えているのではないか。少なくとも僕は抱えている。不確実な未来。よくわからん社会。問題が山積みのようだがどれひとつとして詳細に把握できない。何しろ情報が多すぎるからだ。グローバル化したら僕の仕事は将来誰かもっと安い賃金の人間にとってかわられるのか? はたして失業したらやっていけるのか? 失業しなかったとしても毎日働き詰めで友達もいないくらい生活が待っているのか?
未来に対してある程度の予測ができなければ漠然とした不安に怯えたまま日々を過ごすことになる。そして「こうしよう」という行動計画さえ建てられないのである。本書が未来を予測しようとするのはそうした「五里霧中」状態から脱するためであり、未来に関して情報と知識を得ることで「未来への計画」──具体的には次の3つの疑問に答えていく。
・私と周囲の人たちにとくに影響を及ぼしそうなのは、どの出来事やトレンドか?
・私の職業生活に最も強い影響を及ぼす要素はなにか? わたしはその要素にどういう影響を受けるのか?
・波乱の時代にあって、未来に押しつぶされないキャリアを築くために、私はこの先五年間に何をすべきなのか?
簡単だがコレに対する答えもまとめてしまおう。第一にゼネラリスト的な技能を尊ぶ常識を問い直し、「専門技能の連続的習得」を目指すべきだ。世界の五十億人がインターネットにアクセスし、知識が広まりやすくなってしまえば、何でも屋の時代は終わり、専門家の時代が訪れる。誰もが同じ技能を有するようになるので、個人の差別化が難しくなっていく。戦略的に自分を売り込んで行かなければならない。
第二に今まで仕事観を支配してきた競争原理が失われていることを意識すべきだ。今の若い人間は競争を嫌い協力したがる、する傾向がある。子どもの数が少なくなっていることが原因ともみられるが、インターネットによって誰もがつながれる時代になったのが大きい。それにより仕事のコラボレーション、人的ネットワークの重要性が今までより増す。コミュニティを意識的に形づくっていかなくてはならない。
第三に、どのような職業人生が幸せかを問い直すべきだ。*1先日の記事でも書いたが⇒ただ消費する消費者が経験と創造を求め始めたのはなぜだろう - 基本読書 若者の価値観はブランド物や車などを消費、ステータスとして買い求めるより、自分だけの経験、創造といった行為を楽しんで求めている。金を稼ぎモノを消費し続けることが幸せであるという価値観はもはや崩壊しているといっていい。
僕は面接官などもやるのでよく今の就活世代の志望動機なども聞くのだが、傾向として「お金は重要ではない」という価値観をみな持っている。お金は普通に過ごしていけるだけでいい。大金はいらない。その代わりに自分の時間だったり、貴重な経験をしたいという価値観にすでに変わってきているのだ。
と以上に述べてきたようなことを本書では長々と解説していく。多くの研究結果などが参照されていて、「仕事観」において全体的な状況の把握ができる一冊だ。とても良かったと思う。ただ個人的には未来予測についていくつか納得がいかない点もあった。たとえばテクノロジーの進化により、人はネット上で人とやり取りをするようになると、対面でのコミュニケーションが出来ないため孤独で不幸だという。
僕はそうは思わない。もちろん対面の方が豊富な情報をやり取りできる。いい面もいっぱいあるのは確かだが、対面であっていないから孤独だし不幸だとする考え方は違うだろう。僕個人的な考えでは、人間の対面での接触はこれからどんどん少なくなっていくだろうと思う。本質から言えばネットで会おうが実際に会おうが関係がないのではないだろうか。
またインターネット、ソーシャルネットワークというものを過信しすぎているのではないかというのも疑問のひとつだった。いかにSNSが進化して、大勢のフォロワーができても人間が把握し付き合えるのは古代から変わらないという研究結果が出ているのだ。本書を読むとSNSで世界中の人間といくらでも付き合えるかのように錯覚するが、実際には人間が付き合って交流を育める規模は現在とあまり変わらないのではないか。
あと「消費」よりも「経験」や「創造」が求められるようになっている根拠として、お金と消費には限界効用逓減の法則(あるものを得る数や量が増えるほど、それに価値を感じなくなるという法則)が働くが、経験にはこの法則が当てはまらないとしている。ただ経済学での調査では人生の満足度と一人あたりの実質GDPは正の相関(所得が増えるほど幸福度が増している)を示しており、単純に本書の結論はいいきれないところがあると思う。
いろいろケチをつけてしまったが、この本を読んでよかったのは具体的な「危機感」を持てたことだった。今までなんとなくやる気が起きずにいたのだが、発破をかけられた気分だ。大事なのは「やる為の太い根拠」を持つことと「やろうという覚悟」を決めることであって、これが持てたのはとても大きかった。
本書の主軸の主張には僕は大いに共感した。未来予測は予測でしかないので、自分なりのシナリオを書けばいい。どんなシナリオを書いても本書で提案している、上で示した3つの答えは揺らがない。誰もあなたの未来を作ってはくれないのだから、状況把握とこれから先の未来を考えるために、読んでもらえるといいと思う。
ワーク・シフト ― 孤独と貧困から自由になる働き方の未来図〈2025〉
- 作者: リンダ・グラットン,池村千秋
- 出版社/メーカー: プレジデント社
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