基本読書

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創造力なき日本 アートの現場で蘇る「覚悟」と「継続」

『創造力なき日本 アートの現場で蘇る「覚悟」と「継続」』村上隆著。村上隆さんといえば僕のイメージでは「なんかフィギュアが億単位で売れた人」程度かなかったのですけど、この本を読んでイメージがクリアになりました。アート、それも現代美術などという怪しい世界を主戦場としながらも、その中で確固とした戦略と覚悟を持ってことに当たっているひとりのアーティストなのだと。

現代美術が主題となっている本ですが、この世でクリエイティビティを発揮しなくていい職場はすでにもうほとんど残されていないわけで、ここで書かれているクリエイティブ論は幅広く適用可能な物の考え方・実践術だと思いました。とても実践的に芸術で生きていくための方法論を伝えてくれる一方、それは芸術で生きていく事の厳しさを伝えることにほかならないわけで、だからこそ「楽しく芸術活動をしたい」っていう人にはまるで向いていない本でもある。

というわけで、『創造力なき日本 アートの現場で蘇る「覚悟」と「継続」』というタイトルからどういう内容を想像するかわかりませんけど、日本のクリエイティブ信仰とでも言うべき幻想を打ち砕くような内容。たとえばはじめにから飛ばしている。

『今の日本のマインドセットは「ただ撃てばいい」「そうしていればそのうち当たるかもしれない」というスタンスを浸透させてしまいました』((p6))

『アート業界で生きていくなら、この世界のルールを一から十まで把握したうえで、しっかりとターゲットを絞り、”ターゲットに向かって弾を撃つ”というやり方をしなければ勝てません』*1

『アーティストとして何よりも求められるのは、デッサン力やセンスなどの技術ではなく「執念」です。”尋常ではないほどの執着力”を持ち、何があっても”やり通す覚悟”があるならば成功できます。』

いやはや。過激な発破。でも冷静な意見として読んでみると、凄くアタリマエのことをいっているだけだ。もう少し補足すれば言ってることは単純で、「芸術家として生き残りたかったらたゆまぬ努力と、礼儀作法と、業界分析をし、ルールを把握して戦略をたてろ、そして執念・覚悟をもってやれ」ってことなんだけどこと芸術になるとそういう当たり前の考え方が通用しなくなる。

夢はいつか叶う幻想というか、芸術を仕事にしている人たちは好きなことをやって毎日楽しくおかしく過ごしていると思い込んでいるという芸術幻想。「人と会わなくてもいいし、好き勝手やっていられるのが芸術」って思っている人が多いのかもしれない。大学生の時創作サークルに入ってたことがあるけど自意識の塊みたいな人間の集まりでひどかったものなあ。もちろん実際にプロの中でも、そういう人もいるのかもしれない。

しかし当然お金をもらって、対価をわたすのだから自己満足であってはいけないし、相手が求めているものを提出しないといけないわけで。当然営業をしてでも、何をしてでも売らなければならないもので、自分の創りたいものを創れるということでは決して無い。売って、儲けを出すという流れがある以上常にアーティストはヒエラルキー的に社会の最下層の人間なのだ。

まずその前提を間違えるからおかしなことになる。だから本書で教える仕事術は異例ともいえる「ご機嫌とり」をして、受け手に対してサービス精神を発揮しろという。

その上で自分が戦っている世界のルールを把握して、戦略を練る。芸術にはルールがないと思われがちではあるけれど、たとえば骨董品屋で値付けされている陶芸作品についても、当然ながら値付けにはルールがある。芸術作品が載っかる文脈だってある。そのルールに従って価値が出せないのなら当然買う人はいないし、つまりアーティストとして生きていくのは不可能なのです。

この新書、村上隆さんが何を考えて、何をやってきたのかっていうのがシンプルにまとまっていてたいへんおもしろかったです。文脈をよみ、その中で自分はここにいくんだっていう戦略を決めて、あとはそこに自分の人生を投資していっていたからこそ、今の評価がある。ほとんど寝るまもなく研鑽を積んで、インスピレーションを逃したくないからと巨匠と呼んでも差し支えないだろうに、未だにスタジオに住んでいるそうです。もはや仕事とプライベートの違いなんて無い。

3年は寝る時間がないぐらいにやれ、それが出来ればはじめて覚悟が決まるなんていうとんでもないことも言っているし、「適当につくったものが億単位で売れたのかな。すごいな」と適当に思っていたわけですが、やはり億という金を引き出すにはそれだけの投資と、そして何より覚悟と執念が必要なんだなあ。僕には自分の睡眠を犠牲にしてもいいほどの衝動はかけらもないしとても真似できませぬ。

とはいってもその考えは、何もアートに限ったものじゃないんですよね。それを最初から想定して書かれているので、広く適用できる一冊だと思いました。オススメ。

*1:p6