基本読書

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ヤル気の科学 行動経済学が教える成功の秘訣

つい最近こんな記事を書いた。⇒効率的に資格をとる為のたったひとつの冴えたやりかた - 基本読書 このたったひとつの冴えたやりかたが何かといえば、コツコツと勉強することだ(笑)。しかし何を隠そう(隠すまでもなく)コツコツ勉強するというのが一番難しい。もちろん誰だって、こつこつと勉強すればいつかはいい結果が出るのはわかっている。受験だってそうだ。1年から目標を立てて勉強していれば、そりゃやり方があんまりマズかったらあれだけど、たぶん東大にだって入れるだろう。

しかし人間とは弱い生き物で今を犠牲にして未来の利をとるといった計算がなかなか出来ない。未来の利は手元にある快楽ではないから、具体的に想像できないが、たとえば未来の利を捨てて今遊んでしまえばすぐに「今の楽」は手に入るのである。

そのトレード・オフにほとんどの人が屈してしまう。僕だってそうだ。書かなくていい記事を書き、読んでも忘れる本を読む。そのおかげで未来の僕はヘタしたら仕事が奪われ路頭に迷い結婚も出来ず悲惨なめにあってもおかしくないのだが、今の快楽をむさぼってしまう。このように日が近づくにつれて選攻を逆転させてしまうここまで述べてきたような現象を行動経済学では「双曲割引」という。

さっきの記事で僕は『実をいうと人間を一瞬で動かしたいと思ったら利用できるのは「恐怖」なのだ。』と書いた。地震があった時多くの人が物資の買い占めに走って押し合いへし合い買ったように、人は恐怖に駆られた時通常時では信じられないような動きを示す。僕はそれに対して「なんかそれヤダ」と書いたが、本書はある意味ではその「恐怖」を利用したコミットメント契約という技術を使ったやる気の出させ方に関する本である。

コミットメント契約は、破った場合の罰や達成した場合のごほうびという裏付けを持つ約束だ。*1たとえば僕は最近太ってきてヤバイと思っているのだが、貴方に向かって「1か月後に5キロ痩せていなかったら5万円君に払おう」と契約を結んだとしよう。これが一般的な形のコミットメント契約になる。5万円失うのが「怖い」からがんばってやるのだ。

だがちょっと想像すればわかるかと思うが、これがたとえば500円だったら、本気ではやらないだろう。むしろ500円払っているんだからダイエットしなくてもいいんだ、と逆に免罪符となってしまう可能性さえある(保育園で子どもの迎えに遅れた場合、少額の罰金を課すようにしたらむしろ親は金を払っているんだからと遅れてくるように成ったという有名な話がある。)。

あるいは難しすぎる目標を設定したらどうだろう。1か月後に20キロ痩せる! といっても難しいので途中で諦めてしまう、あるいは「もともと不可能な約束だったから」といって契約そのものを破棄してしまう。目標設定は適切な困難さにしなければならないし、目標は小さな物に区分けして達成度が小刻みにわかる方がいい。

だからといって「達成可能な範囲ギリギリを狙う」のもどうだろうか? 10キロだったら1ヶ月でがんばれば痩せられるかもしれない。その為に必死でがんばるかもしれない。しかしその為に僕の自制心は磨り減り、疲れ果て、せっかく痩せてもまったく幸せではなくなっているかもしれない。

そう、本書を読む上で忘れてはいけないのは、このコミットメント契約とはひとつのツールであり、万能ではなく、使い道をよく考えなければいけないということだ。しかも気をつけなくちゃいけないルールが多くてめんどい。包丁は大根がよく切れるが使い方を間違えれば自分の指が飛ぶ。あるいは意図的に間違えようと思えば人を殺すことも出来る、そういう良い面も悪い面もあるひとつの技術、ツールなのだ。

一方で「恐怖」をルーツに行動させることに対する僕の「なんかヤダ」に対しては訳者の山形さんがうまく言葉にしていてくれたのでその部分については引用させていただく。

第8章には、祖母に定期的に電話をするという誓を守るためにコミットメント契約を使う人の話が出てくる。彼女は、それで決意が果たせているので喜んでいるし、彼女の祖母も電話が増えて喜んでいるという。大変結構。でも……電話しないと損をするから電話している、というのは、なんか普通に家族として安否を気遣って電話をする、というのとはちがうような気もする。

これはまったくもって同感というか、そんなことにコミットメント契約を使いたくはない。自分が気持ちいいかどうかとは別問題で、相手がそれをしったらやっぱりいい気持ちはしないだろう。僕らは相手と話す時は出来ればお互いが気持ちよくありたいと思うものだ(もちろんそういう時ばかりでもない)。ただこれも、使い方の問題だろう。こういう時には使わなければいいだけの話だ。

万能なツールなどありえない。しかし「やる気」なる不定形のものを生み出すツールは今までに広く認知されてはこなかった。その意味で、非常に面白くかつ使いようによっては有益な一冊。

ヤル気の科学 行動経済学が教える成功の秘訣

ヤル気の科学 行動経済学が教える成功の秘訣

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