基本読書

基本的に読書のこととか書く日記ブログです。

さいきん経済について学ぶのがおもしろい

大学では経済専攻ということに建前上なっていたのだが、経済学の必要単位の中になぜか哲学の講義とか文学の講義とかまったく関係なさそうなものが多数含まれていて、そんなのばっかりとっていたら結局経済のけの字もわからずに卒業してしまった大馬鹿大学生が僕であった。就職の面接で「リーマン・ショックがなぜ起きたのか説明してください」などとそんなん一言で答えられるようだったら本でも書いてるわボケと思うような質問をされてその時点で帰ろうかなと思いつつも適当なことを並べ立てて結局落とされたりした。

それが今やなんだか面白いと思ってしまう。この世で一番効率のよい勉強方法はやはり、それを好きになることだろう。自然に好奇心が湧いてくる。ついさっき読み終えたのは『マネー資本主義: 暴走から崩壊への真相 (新潮文庫)』という、NHKで2009年ころに放映されたものを書籍化したものの文庫VERを読んだのだが、リーマンショックが起こってしまった原因を4つにカテゴライズして細かく分析していく話で、たいへん面白かった。

1 激しい競争を繰り返し、暴走の末、破綻していく投資銀行
2 超金余りを引き起こし、それを放置したとされるアメリカの金融財政政策
3 マネーゲームに参加した年金基金などの投資家やヘッジファンド
4 複雑でリスクの見えにくい金融商品をつくり出した金融工学者たち

金融の世界は特におもしろい。えげつない話が多く、大量の金は狂騒を呼び起こす。狂気をはらんだり、ほんの数年前までは英雄と呼ばれていた人間が今日にいたっては一転戦犯呼ばわりだ。チンケなテクニックが幅をきかせ運だけで何十億も稼いだ人間に多くの人間が追随して運がなくて何十億もの金を失ったりする。そこに数学が絡み金融商品がうまれ(これは最初知った時本当に画期的だとおもったものだが)、それでも破綻してしまう。

金というのは本来実態がない、幻想のものだ。1万円札が何億枚あろうがこの世に「買いたいもの」がなければ何の意味もない。誰もが1万円札には自分がつくりだしたものと交換する価値があると信じているからこそ1万円には1万円の価値がうまれる。交換をスムーズの行うための触媒みたいなものだけどこれが産まれて資本主義が産まれてこの世にはわけのわからない職業で食っていける人間がいきていけるようになった。

だって声で演技するだけで生きていける人間がいたりするんだから凄まじいというほかないだろう。ニッチな職業がこの世にあるのを知るたびに「資本主義ってすごいなー」と素直に思う。と、まあそれはいいんだけど。で、誰もが信じているから価値があるからこそ、たかが幻想と言えども人がいっぱい死んだり、任天堂が赤字になったりする。円の価値が数円単位で変わるだけで収益が大きく変わってしまうなんて笑っちゃう滑稽さだけど、それが現実なんだからおもしろい。

経済は麻雀に似ている。麻雀のゲームとして優れているところは素人でもまぐれで勝てるところだろう。かといって技術がまったく意味が無いわけではなく、長期的な勝率にかかわってくる。努力するインセンティブが失われず、かといって運ゲーの要素もあっていろんな人が楽しめる。経済もまた同じで、数学で完全に割り切れるものではない。人間が関わってくるからで、その不確実性をどうにかしようと四苦八苦してきたのが経済の歴史なんだと思う。

そのままならない感じが面白いんだよなあ。

マネー資本主義: 暴走から崩壊への真相 (新潮文庫)

マネー資本主義: 暴走から崩壊への真相 (新潮文庫)