リンカーンほどその一生が伝説化されている人間はアメリカ史の中では他に探すことができないだろう。
今日これからスピルバーグ監督によるリンカーンを見てこようとしているのだけど、その前にリンカーンについて書かれたものを読んでみたくなり、タイトルの二冊をピックアップしてみた。『リンカーン―アメリカ民主政治の神話 』と『リンカーン演説集』。前者はリンカーンは繰り返しその物語が語られる神話的人物となってしまったが、その根底がどこにあるのかといったことをリンカーンの生涯を追っていくことで眺めてみる一冊。
生い立ちを語りたがらず、ほんの僅かな断片しかないこと、最後に暗殺として終わり、その前から宗教とアメリカの理念を再度定義しなおすようなつなげ方をしていたこと。リンカーンの死後彼をキリストと結びつけるような言質が幾度もあらわれ、神格化があっという間に広まっていったことなどなど。民主主義の体現者としてアメリカの理想の象徴になり、また西部の民話的英雄として(既存の神話とリンカーンが合体させたものが蔓延した)国ではなく個人のロールモデルとしても機能するようになる。
繰り返し繰り返しリンカーンを主題として映画がとられるのも、その象徴的機能の扱いやすさゆえだろう。個人によりそうものとして、またアメリカという国を体現するものとして、リンカーンを使うだけで同時に表現することが出来る。そして当然ながらその象徴的意味はまったくの虚構から出てきたわけではなく、リンカーンの偉大さからきているのであって、ただしそれをあくまでも「実際にはどうだったのか、なにがすごかったのか」を概要してくれているのが本書である。
リンカーンはその生涯のほとんどは法律、弁護士として過ごしていて、彼の論理的かつ物事を順序良く並べ立てていく言葉の調子はそうした経歴からもきているのだろう。実際演説集の中身はどれも素晴らしい言葉の調子、リズム、象徴の使い方であって、『リンカーン演説集』によってその流れを時系列順に読んでいくだけでリンカーンが何を成したのかがあらかたわかるようになっている。
ただしそこには文脈がないと、言っていることの意味に近づくことができない。たとえばかの有名なゲティスバーグ演説で語られた『人民の、人民による、人民のための政治』という最後の一句などはデモクラシーの最良の定義として今尚参照される言葉である。そして辿るべき文脈はほとんどアメリカ合衆国創設にまで遡ることが出来るのである。
そもそもこの演説を行うきっかけが南北戦争が起こり死者を多数出したゲティスバーグで、戦死者を弔う運動が起こったことによってはじまったことや、また南北戦争がなぜ起こって、今までなにが行われてきたのか、その根底には奴隷制に関わる問題があり、リンカーンはゲティスバーグの短い演説の中で奴隷制の問題はすべての人は平等に創られているという命題のもとに創られたアメリカという国の根幹に接続しているのである。
ゲティスバーグの演説によってアメリカの歴史に意義を与え、そこでの戦死者すらもその先へ進むためのものとし、犬死から救い、さらに自分たちも「自由と民主主義をこの先へと進めるものたちである」として流れるように語った後に出てきたのが『人民の、人民による、人民のための政治が、この地上から滅びることがないようにすることである』なのだ。
というわけで後者もただの演説集と侮る無かれ。一個一個の演説にちゃんとした解説がついているので、演説が楽しめて当時の状況もある程度わかる。新書の方は南北戦争の詳細やリンカーンの歩みなど、より文脈にそって詳しく解説してくれているが、残念ながら絶版中。でもたいへん面白かったので手に入るなら読んでみるといいと思う。
- 作者: エイブラハム・リンカーン,高木八尺,斎藤光
- 出版社/メーカー: 岩波書店
- 発売日: 1957/03/25
- メディア: 文庫
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