基本読書

基本的に読書のこととか書く日記ブログです。

これは凄い。『ヨハネスブルグの天使たち (Jコレクション)』

『盤上の夜』で盛り上がった作家宮内裕介さんの最新作。いやはやこれは珍しいアフリカSFですよ! 他は……キリンヤガぐらい?(あんまり知らない)しかも傑作だし! 帯には『伊藤計劃が幻視したヴィジョンをJ・G・バラードの手法で書く注目の新鋭による第2作』とあるが、本書で描かれているはずの伊藤計劃が幻視したヴィジョンがなんなのかわからないし、バラードの手法というのもよくわからないので識者の解説が待たれる。

いや、しかしすごかった。『盤上の夜』はそれはそれですごかったが、すべての短編がボードゲームを題材としていて、それがSF的なガジェットやテーマとからみあって成立していた作品群なので、そこから離れた時にどういった作品を書くのかわからなかったのだが……。今回『ヨハネスブルグの天使たち』を読んで宮内裕介さんの作家としての違った側面がみえる。それが深くて、しょうじき僕にはよくわからない(笑)

まず舞台がねー、ヨハネスブルグ、ニューヨーク、ジャララバード(アフガニスタンの都市)、ハドラマウト(南アラビアの一地域)、それから西東京とバリエーションに飛んでいるがそのいずれもがアフリカやら中東あたりのなんかとっても危なそうな地域と絡んでいる(すげー知能の感じられない把握の仕方だが)まずこの舞台設定が珍しいよね。

しかしどういう順番で決定されているのかわからない。民族紛争という軸があって世界へと広がっていったのか、最初に地域を決めてそこに各種部品を当てはめていったのか。

盤上の夜と同様、連作短編集(ただし本作は時代、世界観は共通している)で、前回ほどの密接な繋がりといっていいかどうかはわからないが、「建築」と「民族間(+さまざまな事象)の対立」を一貫してその中心においている。対立はどのように結合、あるいは線をひかれていくかでわかれ、これはドラマの軸となり、その過程でSF的ガジェットが使用されていく。たとえばDX9なる日本製の頑強かつ非常に安いロボットだったりは全編にわたって出演する。

もちろんそれがどのように使用されていくのかは、読んでからのお楽しみだが。

個人的に本作を読んでいて驚いたことがいくつかある。たとえば重要な場面で出てくるDX9がとても強いイメージを残すよう演出されているところとか。一作目の短編『ヨハネスブルグの天使たち』では、ヨハネスブルグに住む戦争孤児であるスティーブとシェリルが、見捨てられたDX9の耐久試験場で何体ものDX9が誰にも止められずに落下試験を何度も繰り返している状況を「日常」として享受している。

状況は最悪としかいいようがなく設定されている。部族間の抗争が南部と北部で過熱化しよりひどい紛争に発展。なんだかよくわからない過酷な状況下で少年は金を稼ぐために人を使って軍人を襲い、車を奪う。かつて創られた高層建築群もインフラが壊滅したことにより死に体だ。近代建築群が失われ、廃墟になっていく様が本書では繰り返し描かれる。代表的なイメージとしては、ツインタワービル。

彼らが住むのは廃棄され住むもののいなくなったビルで、そこでは時間になると決まって幾千の少女たちがふる。少女たちの雨は四十五分間つづき、誰もがその時間の終わりをまって日々の生活を当たり前に継続していく。過酷なヨハネスブルグの状況、民族紛争、その中で軍人を襲って生きる少年、そして打ち捨てられ廃墟とかした近代建築、その中を真っ逆さまに落下していく機械じかけの少女たち──。

本連作短編集のイメージは、おおまかこの第一短編の、最初の20ページにあるといっていいだろう。凄まじく想像力を喚起する短編で、うわあ、ボードゲームじゃなくたって、こんなすげえイメージが出てくるのか、と読んでいて唸ってしまった。バラーズの手法がどんなものなのかはよくわからないが、こうした幻想的なイメージがバラーズと共通しているのはわかる。うーん、これは文体のたまものなんだろうか?

建築と、落下していくロボット、それから過酷な状況と民族間の対立のイメージはその後の第二短編でも引き継がれていく。『ロワーサイドの幽霊たち』。余談だけど、個人的には、最初の『ヨハネスブルグの天使たち』と並んで最初の二編がぶっちぎりで好きだ。『ロワーサイドの幽霊たち』はツインタワービルをテーマ、主軸に据えた短編なのだが……。

ウクライナからアメリカに移住してきたビンツという男を主軸に据えて話は展開する。ツインタワービル崩壊後、何十年か経ったあとの物語だ。男の人生、テーマとしての「ツインタワービルの間にはなにがある?」が展開していく合間に、ツインタワービル、ひいてはニューヨークシティの街全体の構想として、関係者の経歴、言葉が合間に引用として挿入されていく。

現在の時間軸で物語が進行していくと同時に、過去の時間でニューヨーク・シティのビル群が、ツインタワービルがどのような思想の元に創られたのかが次第に判明していく。そして人がそこに何を仮託していたのか。途中までは実在の、実際にビル建設に関わった人間たちの言葉が使われ、途中からはSF、つまりは想像力の世界に入っていくその「地続きの感覚」に、思わず震える。

1つだけ難癖をつけるならば、ロボットとリアルな戦地の描写が浮いてるんだよね。リアリティレベルがこの二つの中で乖離していて、ちぐはぐに見える(たとえばギャグ漫画で人が刺されても次のページで生きてても誰も不思議に思わないが、アフガンの実話を元にした漫画で人が刺されて次のページで笑ってたら違和感があるような話)。

短編2個めの実話から想像へと段階を踏んでいくのは、そのあたりの違和感を減らす効果もあったんだろう。

面白いのがどの短編でも日本が入ってくることで、「世界」と「日本」の差みたいなのがうきぼりになってくるところだろうか。というか、地続きでつながっている感覚っていうのかな。遠い遠い世界のようで、建築といい、国といい、人種といい、繋がりが残っている(ツインタワービルの設計者も、日系アメリカ人だ。)最後の短編で日本に帰ってくる構造もある。

とにかく、本作を読んで「底が知れない作家だなあ」と認識をあらたにした。次回作がとんでもなく楽しみだと思わせてくれる作家は、良い作家だ。