基本読書

基本的に読書のこととか書く日記ブログです。

マージナル・オペレーション

これは予想外の出会い。日本の30歳ニート民間軍事会社に入ってその才能を開花させるという一文ぐらいの情報は知っていてどこかのタイミングで読みたいと思っていた。いっぽう、それは飛び道具すぎないか? というのと主人公が強い系のライトノベルの流れを民間軍事会社へ当て込むことへの難しさも想像したりして、「まあそんなにうまくはいってないだろうなあ」と優先順位は低く、なんとなく買ってまで読む気にならなかったのだが……(あと星海社の本は高いんだよ……。場所もとるから最初から文庫で出すか早く電子書籍で出してほしい)

いやあ予想は完全に外れだ。こういうのは読書という行為における一番嬉しい誤算である。最近お金を無駄遣いして困っているので本屋で立ち読みして面白いかどうか保険をかけるという学生時代以来の姑息な手段に出たが、面白すぎてそのまま読みきってしまった(その後ちゃんと買いました)ちなみに物語としては先日四作目が出て、次に五作目が出たら完結らしい。読むタイミングとしてはまあそう悪くもない。五作目がだいぶ待ち遠しいだろうが、そんなに遠い未来でもない(今年の11月だ)。

物の見事に30歳ニートのオペレータとしての異能さの演出、そして民間軍事会社が必要とされる政治、軍事状況、武器の調達方法、作戦の進行、各国の状況、文章上の演出など、どれも十全に書いていて、どこを取り上げても絶賛しかない。ほんとに驚いてしまったよ。ステージからしてばらばらで一作目は中央アジア、二作目は日本、三作目はタイ、四作目はミャンマーとよくそこまで移動できて、それぞれの国を書けるものだ。

すべてを理屈で割り切ってやる! というような執念すら感じさせる緻密さ、論理的構造でその点も非常に興味深い。そこにういてここからちょっと書いていこう。

ガジェットについて

舞台は2020年〜2022年ぐらいのお話ということでガジェットなどは未来的なものが採用されているんだけど。兵の視点や敵の資源情報、こちらの位置情報などを一律にタブレットで管理し指示が出せるような情報取得手段など。そうした道具立てのおかげで本作の主人公のようなオペレーションだけを担当する役割が活躍するようになっている。知らないだけで似たようなものはすでにあるのかもしれないが。

主人公について

30歳の元広告デザイン会社に勤めていたが倒産したニート(専門学校卒)というわりとどうしようもない男が年収600万に惹かれて民間軍事会社に就職する。ずっと彼の一人称語りで話が進んでいくが、これが最初はとんでもなく淡々としている。現実に、目の前で起こったことを淡々と1つずつ受け入れ、解析し、自分の道を作っていくといった感じで、感情的な部分の挟まるところがほとんどない。

そしてその行動がすごく理屈で割りきれている。問題を列挙してみせて、コストと便益を比較し、より優れている案を採用する。そしてそれを全部一気にやるわけではなく、一つ一つ着実にこなしていく。記憶力がよいだけが取り柄だったと主人公は自分を何度も何度も回想し、それ以外は普通かそれ以下の人間であると繰り返すが、状況を常に鳥のように俯瞰しながら手を打っていく様は異能そのものだ。

日本で平和に暮らしていた男が突然民間軍事会社で活躍できるわけ無いだろ、っていう大前提を「オペレーションだけの職務」をつくり、さらにそうした冷静に俯瞰視点で物事をひとつひとつ着実に処理できる理屈で割り切れた男を主人公に据えることでそうした「フィクションっぽさ」を消しているといえるだろう。それを反映させるように文体は最初、味も素っ気もない。

それは主人公がそうした俯瞰視点を持っているそもそもの理由でもあると思うが、他人と自分とを切り離して考える、自分の主観といったことをほぼ廃して目標をたて状況をそこへ向けてコントロールしていくその能力に起因している。戦闘では利点ではあるものの、そのおかげで地面を這いつくばっている=自分一人の主観から逃れられない キャラクターたちとの間のコミュニケーションがうまくいかない(まあライトノベル風にいえば鈍感主人公といったところか)理由付けになっている。

ただ──いつまでもそういう俯瞰視点から物事をみているだけではいられない。民間軍事会社に就職し、その後いろいろあって子どもたちを戦場ビジネスから抜けださせるために戦場に送り出すという「子ども使い」としてその立場をつくりあげていく主人公だが、子どもたちや周囲の人間とのかかわり合いの中で地面にまで彼が降りつつある。それが彼の能力を失わせることになるのか、はたまた自由自在に視点を切り替えられるようになるのかは五巻の展開次第だろうか……。

主人公の変化に伴って文体が変化していくのも面白い。最初は無機質だった感じ方がだんだんくずれてくるところとか、主人公が英語がうまくなるにつれてI thinkが減っていくところとか(基本は日本での話ではないので会話はすべて英語で行われている。なんでも最初会話文は英語で書いた後日本語に翻訳しているらしい。)

異常なディティール

そもそも民間軍事会社なんてものが書けるものだろうか。参考資料なんかはあるにしても、実際にそれをフィクション、物語として成立させ同時にリアリティを担保することなんて無理なのではなかろうか。と最初に思っていたわけだけど前述の通りいくつかのフィクションの導入によってそれは可能になっている。とすると次の問題はどうやって実際の状況を臨場感たっぷりに書くかだが……。

ここでまた驚く。異常に細かいところが描かれていて、そのどれもが本当っぽい。耳をエルフ型に改造してその手術代が払えなくて逃げてきたアメリカ人の女性とか、凄まじく嘘っぽいがいてもおかしくなさそうだ。タイで武器を調達するときに警察署にいって押収された武器を金でやすやすとゆずってもらうところとか、どこで調べてきたんだ。

それだけでなくメインのストーリーラインになっている少年少女を使った兵が生まれてしまう状況というのも、政治的な問題や経済状況をからめて描いていて切実なものになっている。一巻や二巻はどちらかというと巻き込まれ型だが、三巻や四巻は特に主人公一行が金を稼ぐ手段としてそうした政治・経済状況に自分たちから乗り込んでいくので特にそうした「国ごとの状況の違い」が面白い。

性的な虐待や、単にコストが安いからという理由で弾避け、地雷の試しに使われるなど実態は反吐が出るほどひどいものばかりで、真正面から書くには重たいテーマだ。しかも本作は少年少女をそうした状況から、自前の大人たちを使って解放するヒーローではなく少年少女たちを戦いの中に突き落として状況を打開しようとするある意味矛盾した状況下におかれる。

少年少女たちをそうした状況から解放するためには金がなければならない。金がなければ民間軍事会社で傭兵をやるよりもっとひどい状況におかれるような存在ばかり。かといってその金を稼ぐ手段(日本にいて国籍があるならばことは簡単だが、そうでない場合)が本作では戦闘に限定されてしまっている(本当にこの手段しかないのかというのは疑問だが)。

一歩ずついい状況を奪い取っていくだけです

「ファンタジーが現実を壊すでしたっけ。いえ。全然。僕が思ったのはですね、ランソン。現実の壁はとても厚くて、素人考えですぐに変わるなら誰も苦労しないってことです」
「そうかね」
「そうです。だから少しでもマシな方向になるように、一歩ずついい状況を奪い取っていくだけです」

本シリーズの3巻で行われたやり取りだが、本作の方向性をよく示している。少しでもマシな方向になるように、一歩ずついい状況を奪い取っていく。それは主に彼が抱えている少年少女兵たちの話だ。理想的には殺し殺されから足を洗い、自分たちの望む人生を手に入れさせてやりたい。しかしそのためには金がない。

金を稼ぐためには仕事を得なければならない。営業をして、情報を得て、できるだけわりのいい、自分たちに得のなるような仕事をしていく。大所帯を養うためには食事の補給や基地、補給経路に装備の確保が必要だ。そして邪魔をされない周囲の政治状況の最低限なコントロール。利用されて最終的に切り捨てられないだけの立場の確保。そうして教育を施し、子どもたちを野に放っていく。

少年少女たちを使って民間軍事会社をやり、できる限り損害を出さないようにして子どもたちを卒業させる「仕組み」をつくりあげる。考えなければいけないことは多岐にわたりる。途方もない夢物語、フィクションでしか無い。でもそれが現実にありえるとしたらどういう手段、理屈の上にそれが成り立つのかといったことを、本作は信じられないぐらい緻密に書いていると思う。わくわくするような偉業だ。

マージナル・オペレーション 01 (星海社FICTIONS)

マージナル・オペレーション 01 (星海社FICTIONS)

マージナル・オペレーション 02 (星海社FICTIONS)

マージナル・オペレーション 02 (星海社FICTIONS)

マージナル・オペレーション 03 (星海社FICTIONS)

マージナル・オペレーション 03 (星海社FICTIONS)

マージナル・オペレーション 04 (星海社FICTIONS)

マージナル・オペレーション 04 (星海社FICTIONS)

マージナル・オペレーション 05 (星海社FICTIONS)

マージナル・オペレーション 05 (星海社FICTIONS)