基本読書

基本的に読書のこととか書く日記ブログです。

小説作品のディティールについて

ディティールが凄いというがそういうときはいったいなにを指しているのだろうか。

ただただ描写が細かいというのではない。ある部屋を描写するのだって、細かくしようとすればいくらでも細かくでき、たとえ何文字費やそうが、一部屋だって完全に描写しきることなど不可能である。書き手はだから、何を書いて何を書かないのかを明確に決め、状況を編集し文章に落としこむ。それが小説家が世界を表現する手段である。

2100年の世界を描写しようとした時に、車が空を富んでいて誰もが電子媒体でやり取りをしていて、電子メガネや〜といった数々のガジェット、習慣、風習の違いで表現するのは常套手段である。現在にはないものの描写を読み、まだ見ぬ未来に思いを馳せる。

ディティールに驚くのはそうした表現に紛れて、「なんでそんなところに目をつけたんだろう」というような描写が挟まってくる時だ。ようは想像が自分の想定していたよりも先にいっていたときに驚く。あるいは想定していなかったところへ描写が届いている時に驚く。

たとえば森博嗣さんの小説『女王の百年密室』では主人公はある村に迷い込み、そこで事件に巻き込まれる。そこで事件が起こる前に、図書館にいくのだがそこでの描写が面白い。

『紙で作られた書物は現代では高級品だ。記念品か贈答品として製造されることがほとんどだろう。僕も実物は十冊ほどしか持っていない。それを本来の目的で使用する。つまり実際に読む人間は今はいない。』

これなんかはまだまだ常識的な、想像の及ぶ範囲といえるだろう。しかし通常であれば「書物は消え失せ、電子書籍のみになった」とでも描写されてしまいそうなところが「高級品」であり「記念品か贈答品」として使用されているところは想像のレベルが一段階あがっていると思う。

そしてその次の描写で、視点主は壁一面に存在している本をみて驚く。

『なるほど、本はこうして並べて収納するものなのか、と感心した。普通だったら、こんな贅沢な飾り方はしない。これでは表紙が見えない。本は絵画に近い飾り方をするのが一般的だ。』と。

そうか、紙の本が滅多に製造されなくなった世界では書物は高級品であり、かつその世界では本を背表紙だけ向けて並べて収納する形態をもはや誰も盗らない。だから表紙を前にして飾るようにして置くようになる。ホップステップジャンプで表現するなら「未来の世界では書物はほぼ消えている」がホップ、「高級品となり、記念品か贈答品として製造される」がステップ、「だからこそ本は絵画に近い飾り方をする」がジャンプだ。

今回はわかりやすくSFをとりあげたが、これはファンタジーでも現代の青春小説でも変わらない。想像というのはだいたい飛躍させることができる。小説における褒め言葉で僕が「ディティールがすごい」という時はこの想像のレベルが僕が考えていたよりもずっと先にいっていることを基本的には指している。

小説の……というかありとあらゆる褒める文章には定型文的な表現があるけれど、その具体的な意味にまで思いを巡らせて使っている人はどれぐらいいるだろうか。僕も当然ながら完全とはいえない。それでもせめて自分が使う言葉はできるかぎり、どういう意図で使っているのかは明確にしておきたいと思う。ディティールについては、その一例である。

女王の百年密室―GOD SAVE THE QUEEN (新潮文庫)

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