基本読書

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最高の効率で、最高の金儲けを『WORLD END ECONOMiCA』 by Spicy Tails

ぐあー最高に素晴らしい物語だった。終わった後の余韻も冷めやらずすぐさまこれを書いている。『WORLD END ECONOMiCA』は狼と香辛料などで知られる支倉凍砂氏シナリオによるサークルSpicy Tailsによる同人ゲーム(だけどAmazonで買える)で、月を舞台にした株取引の熱狂を書いたもの。第一部、第二部、第三部と一年おきに発表されて、その最初の発表から完結編が出るのを心待ちにしていたのだけど、つい先日完結したので一気にやったのだが……。

金融ドラマ

これがもう素晴らしいのなんのって! 株取引ちうのは、月にいかなくてもフィクションにすらしなくても、現実の取引からしてすでにドラマだ。世紀の空売り 世界経済の破綻に賭けた男たち (文春文庫) - 基本読書 を詠むがいい。アメリカ国民が住宅バブルに沸き立って熱狂しているさなか、「これは絶対に破綻する」とマイナスの方に賭けた人間たちがいた。狂気の渦の中唯一理性的であった彼らでさえ「自分は頭のネジがはずれちまっているんじゃないのか?」「もしくは自分たちは知らない決定的な(破綻につながらない)情報を相手方は持っているのではないか?」とブルっている。

みんなが「Aだ!」といっている中ほとんど唯一「いや、Bなんだ!」と強行に主張しなければならないのだ。参加者は全員身銭を切っており、その中で情報をやりとりし、政権の動きや不正の発覚などで一瞬で値が上下する。それを見越して稼ぐ人間もいれば、一瞬で信じられないぐらいの金を失ってしまう人間もいる。金=生命だなどというつもりはないけれど、金を理不尽に失われるのは身を切られるように痛いし、実際に破産なんてなったら殺されはしないかもしれないが持ち物はパーだ。そして確実な値動きは誰にも予測できない。

だからこそ値の動きはドラマチックなものになるし、そこで賭けをはる人間だって「絶対勝つ方法」がない以上そこには伸るか反るかといった「決断」が常に絡んでくる。株取引なんて単なる数字を右から左へ動かして利ざやを稼ぐなんとも悪党商売のようだが、その過程には実に人間らしい苦悩があって、それがドラマを創る。株取引は、身を切るような決断の連続なのだ。

大雑把なあらすじ?

大雑把にいえば物語の第一部は、一人の少年が「株取引の罠」に陥っていく話だ。いわずもながだが、そこでは金が賭けられている。自分一人の金だったら、仮に全部失ったとしても無一文になるだけだ。でもそこに他人のお金までが載ってくるとしたら、自分の決断がひとつ間違えただけで多くの人間を露頭に迷わせることになるかもしれない。個人が取引をする上でも、そこには決断の連続があって、ようは第一部は「個人投資家」のドラマなのだ。

目の前の相場でどう賭けるのか。そこには確実な予測などたてられないが、でもだからこそ「絶対安全な情報」とされているものが目の前にぶらさげられるとしっぽをふってついていってしまう。そうした心理的な罠、人の金を預かるというプレッシャー、金を失うとはどういうことなのかといった実感していく部になっている。

すごいな、とおもったのが月面の描写。軌道エレベータがあり、これを基軸として月に都市ができ月産まれ月育ちの生粋の月市民が生まれるまでになっている。で、株取引の話だったら別に月である必要なくないか? SFである必要もないし、と短絡的に思ってしまうがその後の展開で月で株取引をやるという突飛な設定になった利点が数々と出てきて、ようは「現在ではもはや考えられないような規模の投資が起こる状況」設定として「月」が重要になってくる。

物語上のネタバレになってくるので多くは明かさないが、軌道エレベータがある世界での月の描写、月の電力問題、土地の問題と、月であるからこそ発生するギミックがいくつも存在していて、もうどっからどうみても「SF」だ。そしてなんといっても月面都市とそのバックに浮かぶ地球のCGは凝っていてたいへん素晴らしい。SFはやっぱり絵だねえ。このCGを一枚みるだけで、もうその世界がぶわっと頭に浮かんでくるものだ。

第二部は取引の落とし穴を身をもって体験した主人公=ハルが、今度はマクロな視点で物事を捉えていく物語になる。投資家の物語から、企業の物語へ。株価は人々の期待を反映したものだが、実際にはその中身をみて決められているというよりかは、名前が出ているもの、有名なもの、アナリストが推薦するもの、そうした文字通り「期待」だけを煽って集められるものもある。ようは実質的な企業の資産価値にたいして株価が高すぎる場合が往々にしてある。

物語はそうした虚飾織り交ぜられた「月金融の裏側」に迫っていくものになる。テーマはたぶん「取り返せないものを、取り返す。」

第三部では個人投資家としての痛みを知り、マクロな企業活動の虚飾も知ったハルがより一段と大きな問題へと突っ込んでいく。文字通り「世界の終わり」を賭けに使った大舞台、今までの経験と、今まで失って、同時に得てきたものがここで炸裂する。タイトルの伏線もここにきてついに回収され伏線回収の大盤振る舞いである。ああ、成長したハルと、その周りの人間達、そして戦える手持ちの金が増えてデカい賭けにのめり込んでいく様が、ほんとうにかっこいい。

金融の物語はこれだからやめられない。規模がデカくなり桁が違ってくると、そこにはもう人間の狂気とか思惑を超えたものがみえてくる。極端なことをいえば、1000兆円あれば国が創れるのだ。⇒羽月莉音の帝国 - 基本読書 できることも変わり、またそれだけ起こる危機の質、対処できる問題のデカさも変わってくる。強すぎる力を持った人間が、その力を持っていない人間とくらべて大きな責任を感じざるをえないように、金も同じ「責任」を持ち主に押し付けてくる。

金融工学

本作には数々の具体的な金融工学による手法や、詐欺的な手法、破綻の仕方が出てくるがそのほとんどが現実に同様の事が起こっている。有名なのはサブプライムローンによる世界金融危機だが本作でも同じような揉め事が起こる。用語も一貫して現実とリンクしているので、ついに第三部では用語の意味がポップアップしてくるようになったので経済の勉強にもなるだろう。

ただ問題はこれが「未来」の話なのに出てくる金融工学のレベルが現実とさほど変わらないところだが……。かといって「未来に起こりうる金融工学の手法」なんてものをリアリティをもって描き出せたらそれは「それを現実で使って稼げよ」という話なので仕方がない(もっとも僕が勘違いしているだけで、本作で用いられているものはずいぶん違うものかもしれないけれども)。

まとめ

書いていなかったがキャラクタが誰も彼も魅力的だ。月並みの言葉だけど「信念」をもって描かれるキャラクタは男でも女でもかっこよく見える。「投資家」であることを第一義におき、最高の効率で、最高の金儲けを企てる理性の塊のようキャラクタは、やはりその合理性がとてつもなくかっこいい。はたまた一方で「自分のやりたいことを、やりたいようにやる」という信念にのっとって、と数学的な能力に賭けて物事を決断していく女の子もやはり最高にかっこいい。みなそれぞれに自分の信念と戦いがあって、それが男も女も魅力的にしている。

本作は金融世界での冒険譚であり、少年の成長譚でもある。金融ねー、人間の業や感情がうずまき、一瞬の決断が生死を分ける、ほんとに面白い題材だよなー。それでいて本質的に「絶対に儲かる」ことがいえない以上ギャンブルの要素までもっていて、おもしろくないわけがない。それがどういうことかといえば、結局のところ「人間ドラマ」なんだよね。不確実な状況の中で、いったいどんな決断をするのかといったところに、人間の本質が現れるからだ。

途中でちょっと出した至道流星さんの作品も珍しくライトノベルで経済をがっつり語るものだけど、それが現行の経済システムや政治システムがどうなっていてどんな抜け道が考えられるのかを重点に考えられている一方で、本作を中心とした支倉さんのシナリオはそうした経済の中における人間の感情の動きを描く。

プレイ時間は一部につき6時間ほどで、三部やればつまるところ18時間ぐらいだろう。長すぎず、短すぎず。長すぎるノベルゲームが多い中、ちょうどいい塩梅なのではなかろうか。土日を費やせば終わるような量だ。完結したのだから、一気にやることをオススメする(それぐらい各部の引きが強い)。

本当に素晴らしい物語だった。それにちゃんとSFだしね。設定の穴なんてどうでもいんですよ。さいきんラノベ系の作家を次々と引き込んでいるハヤカワ文庫などは一刻も早く支倉凍砂氏にオファーを出すべきだと思った(もうとっくに出ているかもしれないが)。

ちなみに、エピソード三にはすべてのエピソードが入っています。 追記。現在完結記念でエピソード1が無料だそうです。探してみてね。さらに追記。2014年12月10日に電撃文庫からノベル版が出たようです。書き足しなんかもあるみたいじゃよ。

WORLD END ECONOMiCA (1) (電撃文庫)

WORLD END ECONOMiCA (1) (電撃文庫)