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代替医療解剖 (新潮文庫 シ 37-6 Science&History Collect) by サイモン・シン,エツァート・エルンスト

サイモン・シンの文庫化だ〜〜! と喜び勇んで本屋に走り、文庫新刊の平台をさがしまわるも影も形もない。「え、もう全部売れてしまったのか!?」と検索機に打ち込むとたしかに出てくる。機械に示される表示に従って本棚の前にいくと、棚にぽつんと一冊ささった本書があった。「え、サイモン・シンって超有名作家で文庫が出たら大々的に展開しているんじゃないのか!?」とおもったわけだけど、どうなんでしょうね。そうでもないのかな。

とまあそれぐらい興奮して発売日には本屋に駆け寄るぐらい大好きなサイエンス・ライターである。とにかく著作すべての完成度が高い。過去、同著者の『フェルマーの最終定理』『暗号解読』『宇宙創世』とまるで異なった分野について……一貫して素人には理解し難い科学的成果とその解明のプロセスをわかりやすく、ドラマチックに盛り上げてくれる手管に惚れ込んできた。

やはりこのわかりやすさはサイモン・シン自身が素粒子物理学の博士号を持っている生粋の科学者であることからきているのは確かだ。でもそれと同時に、テーマに関わった人間の象徴的なエピソードの積み重ねと、新たな知見の発見をRPGでレアアイテムがドロップしたかのような演出で(伝わりづらい)盛り上げていくエンタテイナとしての能力が著作を「わかりやすい」だけじゃなくて「おもしろい、血沸き肉踊る」ものにしている。

というわけでフェルマー、暗号、宇宙ときてサイモン・シンが次に取り込んだのが「代替医療」である。本書での代替医療の定義とは『主流はの医師の大半が受け入れられていない治療法』だ。今日得られている医学的知識の埒外、霊気とかもこれにあたるからかなり広い定義だ。そして代替医療解剖というタイトルの通りに(原題はTrick or Treatment?)「代替医療は病気の治療として効果があるのか?」を科学的に検証していく過程をおっていく。

「世間一般に効く」とされている代替医療がばっさり「効果はない」とか「あるかもしれないが、非常に限定的である」と判定されていくさまは痛快の一言だ。かくいう僕も腰痛がひどく、カイロプラクティックや針治療といった日本でもわりかし普通に受け入れられている「代替医療」を周囲の熱烈なオススメ(腰痛がひどいというとおすすめされる確率が高い)に従って受けたことがあるし、たしかになんだかとっても効果があるような気がするのだ。

なにしろカイロプラクティックや鍼治療の人たちは行き過ぎた場合「鬱にも効果がある」とか「万病がカイロプラティックで治る」などと言い出すから、怪しさ満点である。人体に流れる気が〜とか意味不明なことを言い出す。しかし鍼治療を受けた時なんか、すっげえ怪しいなんて思ってすいませんでした! とさえ思った。気とかはどうでもいいが治るんだからこれは自分にとっての真実なのだ!! と。

危険だが結論だけ書いてしまえば、カイロプラティックに関しては「腰痛に直接かかわる問題を別にすれば、カイロプラクターの治療を受けるのは懸命ではない」。鍼治療に関しては「あらゆる種類の病気について、鍼にはプラセボを上回る効果が無いことが示された」「いくつかのタイプの痛みや吐き気について、鍼を支持する質の高い臨床試験もあるが、質の高い臨床試験で、それとは逆の結論を出しているものもある。」

これらの結論はどれも科学的根拠の上に打ち立てられたものだ。もっとも単純な検証は「治療を受ける群」と「治療を受けない群」に人間をわけて、治療を受けたほうが回復するかどうかを調べる。ただしそこにはプラセボ効果、「なにかやってもらったんだからよくなるに違いない」と本人が思い込み、「よくなった」と申告したり実際に気分が上向いたりする可能性がある。

「質の高い臨床試験」とはこうしたプラセボをできるかぎり排除すべく、あらたに「治療を受けているように見えるが、渡される薬は何の効果もない偽物」でありかつ「医師さえもその薬が本物か偽物か知らされない(医師の表情や態度からバレないようにするため)」というダブルブラインドを施したものになっていく。

こうした臨床試験を経て、カイロプラティックに関してはまあそうだろうなという感じだが、鍼治療なんて「ほぼプラセボ効果だろう」という結論が出ているのである。僕は実際に経験したことがあるからにわかには信じがたいのだけど、でも自分の感覚をまるで信じていないのであっさりと寝返ってしまった。もう鍼治療にはいかないようにしよう。

第1章 いかにして真実を突き止めるか
第2章 鍼の真実
第3章 ホメオパシーの真実
第4章 カイロプラクティックの真実
第5章 ハーブ療法の真実
第6章 真実は重要か?

本書の構成は、最初に今述べたような「科学的根拠のある臨床試験のやり方」について詳細に述べ、その後主要な代替医療について一つ一つ検証を行っていく。鍼、ホメオパシー、カイロプラティック、ハーブ……。そして最後に「プラセボでも効果があればいいじゃないか」という問いにたいしての二人の著者なりの答えが出される。

本書で代替医療について導き出される結論は、概ね否定的である。ホメオパシーなんか、もう全否定(笑) 効かないだけならまだしも、カイロプラティックが人体に与える悪影響がまったくデータが集められていないなどという危険性さえも指摘される。まあ、そうでなければ既に既存の医療に組み込まれているだろうからある意味当然といえるのかもしれないが。

わざわざ章に取り上げられているものなんて代替医療のうちのほんの一握りで、もっと怪しい物なんていくらでもある。霊気だとか、心靈術みたいなものまで(そういえばジョブズもこっちにハマって手術をいったん拒否したのだったか)、別に個人の信仰なのだから好きにすればいいというのは確かにひとつの意見だが、それでも何百万人もが当てにならない治療法に金を注ぎ込んでいるのだ。

特に言い方は悪いが、もはや現代の医療ではいかんともしがたいとなった人間から金を巻き上げるような類のものも存在する。「効く科学的根拠が一切ないのに、効くと宣伝する」というのはそういうことだ。代替医療プラセボ的に効果があるんだからそれでいいじゃないかという意見についても、「じゃあ医師はプラセボの為にウソをつくのか?」「実際に少しでも効果のあるものを出せば、効果も出てプラセボも出て一石二鳥では?」と完全論破である。

科学とは複数の人間の実験によって複数回検証されることによってより「確からしく」なっていく。代替医療を暴いてみせる価値と同時に、そうした科学的な検証の仕方で真実を追求しようという、その行動の在り方についての一冊としても、冒険心に富んだ素晴らしい本だった。実際、カイロプラティック協会に本書出版後名誉毀損で訴えられているそうだし。

代替医療解剖 (新潮文庫)

代替医療解剖 (新潮文庫)