基本読書

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第六大陸は現実になるか?

The Space Review: Back to the Moon, commercially この記事と、偶然読んでいた『BECOMING SPACEFARERS: RESCUING AMERICA'S SPACE PROGRAM』という本で公共部門と民営部門の宇宙産業の関わり方について書かれていた。どちらも読んでいてなかなかおもしろかったのでちょっとまとめてみよう。まず最初に引っ張ってきた記事の方だが、記事タイトルの通り、商業的に月へと舞い戻る時が来た、という記事。ほんのすこし前に、アポロが月着陸を果たしてから44年の歳月がたったが、人類は未だに再度月の地を踏むには至っていない。

もちろんそれは人類を月に送るという、一度達成した後はかかる予算に比べて得られる利益が少ないという現実的な判断によってなされた合理的な判断ではある。そうでなくとも未曾有の社会情勢の変化、経済の停滞によって宇宙関連への予算は削られる方向にある現状といった様々な相互作用あってのことだ。

宇宙に探査機ひとつ打ち上げるのにも、莫大な費用がかかる。その莫大な費用は国からでる。日々様々な業務にたずさわって判断をくださないといけない上に専門家でもない政治家を、なんとか説得して宇宙探査、なかでもとりわけ人間自身で行う月探査、火星探査の為の費用を出させるというのは難しいことだ。

もちろん今まで培ってきた技術を継承させなければいけないし、そもそも今までやってきたことを突然無に帰すわけにもいかないので予算自体がなくなるなんてことはありえない。しかしそこには実に微妙な説得と懐柔と議員の変化がバランスをとっていて、そのあたりの政治とカネの関係の話は『『BECOMING SPACEFARERS: RESCUING AMERICA'S SPACE PROGRAM』』で詳しい。

しかしなかなか国から金をとってこれないとなった現在有望なのが、商業的な宇宙飛行事業だ。日本では堀江貴文さんが携わっていることで有名だし、最近もイーロン・マスクにより設立されたスペースX社が商業用打ち上げロケットであるファルコン9の投入を予定している。昨年初の商業宇宙船が国際宇宙ステーションとドッキングした事がニュースになったことがあったけれど、それもスペースX社のものだ。

またOrbital Sciences社が先月の9月に行った打ち上げはスペースX社に比べると大変地味ではあるが、数百キログラムの補給物資をアメリカ本土から宇宙ステーションに補給することを可能にしていることを証明した点で、歴史的重要性においてはひけをとらない。それはそのままスペースX社にはライバルが現れたことになる。

要は「民間による宇宙事業は既に競争が行われるステップに入っている」のだ。最初に引いた記事で紹介されているのはGolden Spike Companyなるスタートアップ企業である。ちなみに記事の書き手は(多分)James Lovellというアメリカの宇宙飛行士。最初は確かに私も商業的な月旅行なんてものが可能かどうか疑わしいと思っていたが、経営幹部やアポロのフライとディレクターだった古くからの友人と会ううちに、確信していくようになったと書いている。

もう少し具体的な「どうやって」「どれぐらいのコストで」Golden Spikeが月旅行を考えているのかはこっちの記事に詳しい。⇒The Space Review: Turning science fiction to science fact: Golden Spike makes plans for human lunar missions 一人あたりだいたい1350億円ぐらい。すげえ高い! でも軌道上に打ち上げてちらっと宇宙を見せて落とすわけじゃなくて月に連れて行こうってんだから最初はそれぐらいかかるのもしかたがないのか。なにしろ人類はアポロが土を踏んでからまだ一回も月にはいってないんだから。

当然ながらあまりにお歳をめしていたら無理だろうし、それだけの費用を払える人間といったら世界中を見渡してもある程度リストアップできそうだ。まだまだ一般的というにはほどとおい金額ではある。。しかし競争が起こり打ち上げ回数が増えればそれだけ安全度、資材の調達は容易になりコストは加速して低くなっていくだろう。小川一水さんの『第六大陸』はそのまま、月に結婚式場を作ってしまう話だが、これがまさに現実になってもおかしくない状況であるといえる。

実際の実行方法については、Earth orbit rendezvous (EOR) と lunar orbit rendezvous (LOR)の二つを用いてやけに複雑な手順を用いて月まで人間を運ぶような計画を掲げている。が、これもどうにも恐ろしい話ではある。着陸船と、月への輸送船を同時に打ち上げ地球軌道上でドッキングさせ、そのまま月軌道上へ移送。

その後別の輸送機と乗員が乗っているのを1つずつ打ち上げ、また地球軌道上でドッキング、その後月へ──という流れのようだが、実績がないから当然で、恐ろしくて仕方がない。150億円近くの金を払って事故死なんてことが普通にありえるだろう。危険なことでも自己責任といった風潮の強い国でもそうそう許可される内容でもないのではないか。

そう、飛行機でも列車でも自動車でも、どの分野でも「絶対」はない。今や当たり前となった輸送機関である自動車で死ぬ人も列車で死ぬ人も飛行機で死ぬ人も(そして飛行機が突っ込んだ先で死ぬ人も)出るのだ。そして最初に市場で乗り出すときは大事故、事故死がつきものなのだ。『『BECOMING SPACEFARERS: RESCUING AMERICA'S SPACE PROGRAM』』で面白かったのは過去の輸送事業でいかに大きな事故が多発し、安全のためのルール制定にどれだけの時間がかかったのかを歴史的にみていくところである。輸送系新テクノロジー発展の影には、常に事故死が並走していたわけだ。

「発展の初期には事故がつきものであり、だからどんどん事故を起こしてでもやらせろ」という内容ではない。政府としては当然安全に進めたい、そのためには全部自分たちでやるか、規制をかけてしまえばいい。しかし市場をガチガチに規制しても、自分たちだけでやっても、イノベーションが停滞してしまう。前述したように金はなかなか集まらないし効率が悪いし……といったジレンマが巻き起こってくる。

過去を乗り越えてきた現代に生きる我々からすれば死者は可能な限り少なく、ルールの制定が必要だし、今ならばそれも可能だろう。そこで歴史的にみていこう、とまず蒸気船からみにいく。蒸気船の商業利用の始まりは19世紀のはじめだが、当時事故がたえない。1838年には300人を超える死者をボイラーの爆発で出している。

そこでやはり規制というか、チェックが入ることになるのだが(ボイラー点検、きちんとした技術者の確保、定期的な全体点検などなど)これは法が制定され、施行されたものの適切にチェックされなかった為効果がなかった。その結果として追加で何千人もの死者が出ている。ただしなかなか全部の精査をするなんて無理だし、モチベーションが存在しないしでルールを制定してもそれを実施するのが困難な状況が続いたようだ。

一度の規制の強化、新たな規制の追加、チェック機関の創設だけで終わるものでもない。ことが起こり始めてから100年以上の時間が経って、ようやく事故をほとんどおさえられる現状のようなルールまで規則を煮詰めていくことができたのだった。

列車の方も決めるべきルールがたくさん出てくる。当初は本数が少なかったからいいが、本数が増えてくるにしたがってタイムスケジュールは綿密に決めなければいけないし、幅などの規格も国際的な基準などを設けて決めなければいけないし、これをオペレートするオペレーターは訓練されないといけないし、切り替えのタイミングの伝達手段など、そもそも大量の列車を運用するマネジメント手法がまだ確立されていなかった。

当時から考えるといまの分単位で綿密に動き続けて、どこか一個が停まったら一斉に止まることが出来る電車システムは凄まじくクォリティが高いなあ。

しかし最も類似点が多いのは航空業界だろう。飛ぶし、莫大な金と関係者が必要なのも同じ。助成金も数多く必要としたが、正しい規則の制定と国からの助成金の仕組みは、国が単独でやる時よりも未知の分野の生存能力は高くなる。ただしいったん軌道にのって、航空会社が増えて規則に従っているとコストがかさみ営業が立ちいかなくなってくる。次には規則の効率化と標準化が行われるようになるがその過程で事故も発生する。

より格安の航空会社として設立された経験年数の少ない会社が、新規で建設するより安い、使い古しの飛行機と必要なメンテナンス技術などをアウトソーシング(丸投げ)した結果事故につながることになった(なんかGolden Spikeがこの後をたどっているような気がするけど大丈夫か)。その結果より精査は綿密になり、経験年数の浅い企業に関してはいっそうの注意をもって精査が行われるようになった。

そうした手順は現代に受け継がれてきていて、現代の飛行機における事故発生率の低さもやっぱりこうした絶え間ない改善の中にあるのだ。政府は新しい産業を活気付けるために甘言(助成金)で釣り、最終的に国家の利益になるように誘導してきた。リスクは高いわ金はかかるわで、当然ながらより効率化が行われ、コストが下がって値段が下がって一般大衆にまで顧客が広がるまでは利益なんて出ない。最初の旅客機は21人しか運ぶことが出来なかったのだ。

宇宙旅行ではまたちょっと事情が違う。長い操業期間もなく、莫大なリスクとコストがかかるのは確かだが、宇宙旅行の場合はこれを切望する人間が居る。政府は民間の宇宙事業にたいしてどの程度の助成を行うのか考える余地があるだろう。政府は民間の企業といえども、その安全性に責任を持つ必要があるのは前述の数々の輸送機関の例をみても明らかである。

『私が何度も聞いた言葉があって、それは次のようなものである。”航空事業はものすごい成長を遂げ、経済的に割に合うものであることを証明したが、宇宙事業はそうじゃない。航空事業は民間企業が行っていて、宇宙事業は国家が運営しているからだ”』と『BECOMING SPACEFARERS』で著者はいうが、これからはこうした状況が変わりつつあることは確かである。

ただひとつ言えるのは、その成功要因を輸送業界という先達から学ぶなら、成功を可能にするのは「正しい規則の制定と精確な施行」であることは間違いがない。航空産業でも、自動車産業でも規制は短期的にみれば柔軟性を失わせコストを増大させるが、長期的にみれば安定性と安全なパフォーマンスにより、利益を増大させる。安定して利益を出し続けるには、必要不可欠なものである。

第六大陸〈1〉 (ハヤカワ文庫JA)

第六大陸〈1〉 (ハヤカワ文庫JA)

第六大陸〈2〉 (ハヤカワ文庫JA)

第六大陸〈2〉 (ハヤカワ文庫JA)

BECOMING SPACEFARERS: RESCUING AMERICA'S SPACE PROGRAM

BECOMING SPACEFARERS: RESCUING AMERICA'S SPACE PROGRAM