基本読書

基本的に読書のこととか書く日記ブログです。

臨機巧緻のディープ・ブルー (朝日ノベルズ) by 小川一水

小川一水さんの新刊。カメラマンが乗り込んだ宇宙探査物。時代と、技術レベルと、種族の値を変えるだけでドラマがいくらでも生み出される、そして産まれた地球さえ飛び越えてただ「知る」為に宇宙まで乗り出していってしまう、SFの醍醐味の塊のような話だ。えがったえがった。またいつもどおりアイディアのおもちゃ箱で楽しかった。

【著者より】
「見たい」って思ってしまうのはなぜでしょうね。
「見」ても手に入るわけじゃない、おなかも膨れない、
味もしないし、見ただけで心が通うわけでもない。
とくに詳しく知りたいとも限らない。
でも「見」たい。
私たちは目に引きずられているのです。

「知りたい」という欲望がなければ人類の文化がここまで発展することもなかっただろう。同じようなキノコに見えるけど、色がちょっと違う。なぜだろう? この生き物は食べたことがないけど、食べてみたらどうなるんだろう? 今まで行ったことのない場所は、一体全体どうなっているんだろうか?? そうした未知の行動をとることは、コストと便益が見渡せない故にいつだってリスキーなものだ。食べたら死ぬかもしれないし、行ったことのないところに行ったら思いがけない災難に襲われるかもしれない。でもだからこそ飛び込んでいくのだろう。

そうした好奇心が人類を前進させてきたのは確かだ。一方でそうした知的好奇心が罠にもなりえて……といった、「知ること/知らないこと/知られること/知らせること」などなど、情報を受けたり与えたりする上での様々な展開が、一冊にまとまっていて面白かった。ほんと、ある情報を「知っている状態」と「知らない状態」っていうのは人の行動を真逆に変えたりするから、その情報の偏りを変異させるだけでたやすくドラマになるのだなあと読んでいて思った。

たとえば僕は昨日今日とせっかくの土日を発熱してひっくり返って寝ていた。子供の頃は熱が出ると遊べないので熱を憎んでいたが、今は闘いのために熱があがることを知っているので、熱が出るのを積極的に応援している。あることを知っている/知らないで敵味方が簡単に入れ替わる一例。一方で「熱が人体を苦しめているのではなく、熱はウィルスを駆逐するために出ているのだ。」がそもそも間違っていたらまた状況が変わってくるわけで、何をどう知っているのかというのも常に問い直されていかなければいけない。

ファーストコンタクトもの(ただし初めてじゃない)

面白いのがある技術(というか発見というか)のおかげで割と全宇宙中に既に散らばっている為、異性体との接触経験が知的生命体では3種、それ以外だと何十万種もあるという状況。その為「見たこともない異性体」とのファーストコンタクトでも「うわあああなんじゃこりゃああ」みたいな驚きはなく「うわあ、未確認異性体だあ」「うーん、あれは戦艦かな?」ぐらいの会話で今後の対応方針を検討していくのが良い。

自然物とは思えない物体、どころではない。
ハトが鳥であるのと同じぐらい、宇宙船だ。

しかし今まで出会ったことのない知性体と宇宙空間上で戦艦と出会うというのはなかなかにスリリングだ。ジョジョでいえば突然能力者同士がばったり出くわすみたいな感じ。相手の技術レベルがわからないし、こっちの技術レベルも知られるわけにはいかないし……そもそも相手が敵対的なのか友好的なのかの線分けもわかんないし……みたいな。そういうのを全部、一部のスーパーテクノロジーの導入以外は現実的な宇宙空間上でお互いに探り探り交渉していくのが素晴らしく面白いのだ。

実際に異生物はいるのだろうか。本書で出てくる異生物は地球生命体と似通ったイメージでデザインされているが、重力や発展過程が違えばまったく異なる生物になるのが道理であると思う。系外惑星はこのサイト(Exoplanet Orbit Database | Exoplanet Data Explorer)を見ると現時点で755が確定としてあげられているし、地球にそこそこ似た惑星も見つかってはいるけれど、当然ながら異生物自体は未だに見つかってはいない。

AI

キャラクタはあんまりハードじゃない。わりとポップだ。主人公であるカメラマンにたいして軽口を叩きながら時に説教し、適宜情報を与えてくれるポーシャというAIがなかでも特徴的。AIの描かれ方にもいろいろあるが、本作の場合はもうまんま年頃の若い女の子オペレータ、といった感じで「ヒロイン」といってもいいぐらいである(姿はないけれど)。

『「タビトは女に甘いんだよ! っていうか、あれOKなの? あの人もう五十近くない!?」「いくつでも、きれいはきれいさ。ポーシャこそ人の悪口ばっかり言ってると早くに老けるよ」「老けませんですよ、だ。sAIだもん」』AIのくせにポップすぎないか?? と若干疑問に思うところもあるけれど、最近のsiriと人間とのおもしろ応答を見ていると、案外いろんな人格でAIが発展していくのかもなあと思ったりもする。

余談1。倍返し

「倍返し、というわけか」(p47)

倍返しだ!! 時事ネタを取り込んできたか……と思いきや……違ったようだ。

余談2。探査&調査

別件。本作ではいくつもの異生物が発見されている前提の世界ではあるが、そうすると研究者がずいぶん必要な世界だなあとおもった。地球さえもまだまだ調査しきれていないというのに、系外惑星へといくらでもいけるような状況になったら、発見だけして調査が行われない、ということが多くなりそうではある。人口が増えて〜〜という話になるのかもしれないが、居住可能惑星が増える=人類が増えるってのには若干の違和感があったりする。端的にいって「増える利点って何? そもそも増えるもんなの??」と思うからである。

たとえば先進国では出生率が下がる。これはいくつも理由があるだろうが「生存率が高まる為、数を産む必要がなくなる」ことや「頭脳労働主体のしごとの場合、数よりも質が重要に鳴る。その為高度な教育過程が必要になってくるため、より少ない対象に資材を投入したほうが効率がよくなる」あたりが主な要因としてあるのではないか。太陽系外に進出するようなレベルにまで発展した文化を持った人類に、子供を増やす論理があるかというとそうは思えない。

探査だけしても調査が追いつかなかったらあんまり意味がないが、でもどうなんだろうね。調査技術もあがってくるのかもしれないし、そもそもこれだけ発展した文化だと「人類皆研究者 or 探査者」になっていてもおかしくないのかな。ほとんどの仕事はAIやロボットによってできるようになっているだろうし。