基本読書

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宇宙生物学で読み解く「人体」の不思議 (講談社現代新書) by 吉田たかよし

宇宙生物学が今マイブーム。何十億年といったスパンで生物の起源をさぐっていく旅は今まで当たり前だと思っていた「常識」が粉砕されて面白い。洋書だと結構数が出ていてよりどりみどり(Five Billion Years of Solitude by LeeBillings - 基本読書)なのだけど、日本語でも、と漁っている時に見つけた一冊。これがめっぽうおもしろかった。

惑星形成の話がそのまま人体の謎に直結しているスケール感がいい。たとえば、貧血の原因は鉄分の不足。だが地球には鉄分はありふれている。それならなぜ人体は鉄分が吸収されにくいように腸を発達させたのか? 問題は地球に鉄分がありふれているとしたら、病原菌も鉄分を利用し増殖するように進化していることにある。だからこそ人体に鉄分が多すぎると逆に病原菌に利用されてしまう。腸に鉄分が吸収されないのは、わざと鉄分を抑制しているからなのだ。

生命だって地球にはありふれているが、何も無から産まれてくるわけではない。ナトリウムがないと生きていけないし、水も必要だし炭素や酸素、窒素やりんなどが必要である。地球も最初は岩の塊でしかないから、生命の環境が整っていたわけではない。さまざまな外的要因があってはじめて生命が生まれるにいたる。その過程を通して、地球外生命探査の可能性がひらけてくる。「最低限生命が生まれるには、これだけの資源が必要である」ということさえわかればその最低条件以上が成立しているところを探していけば対象をぐっと狭めることができるからだ。

生命爆誕の秘訣を探るには、地球が産まれた時からの変化を追う必要がある。そのスパンの長さが面白い! たとえば酸素の量も、二酸化炭素の量も、十億年といった時間スパンで考えると大気での比率がまったく異なってくる。スノーボールアース仮説によれば、ヒューロニアン氷河時代(約24億5000万年前から約22億年前)とスターチアン氷河時代およびマリノニアン氷河時代(約7億3000万年前〜約6億3500万年前)に地球表面全体が氷結するような氷河期があったという。この仮説が本当に正しいとしたら、以前以後で生態系はまったく異なる様相をみせるだろう。

他には45億年前に誕生した時、月は地球から3万2000キロしか離れていなかった(現在の距離は38万4400キロなので、12分の1ぐらい。つまり月は段々遠ざかっている。*1。そうすると何が今と違うのかといえば、もうありとあらゆることが違う! 万有引力が距離の自乗に反比例するので、距離が12分の1だと引力は12の自乗で、現在の144倍だ。しかも月は今の4倍以上の速度で地球のまわりを回って、地球の時点も速く6時間で一周していた。

干潮と満潮が地球が一回り自転する間に2回訪れるうえに、引力が今より144倍も強いので満ち干きとかいうレベルじゃなく大陸まで海ががっしゃんがっしゃん押し寄せていた。その結果地殻にある岩石に含まれていたと考えられるナトリウムが海に溶け出すことになり、ナトリウムが含まれていなかった初期の海が海水になっていった(正確にはナトリウムと塩化物イオンが必要で、塩化物イオンは火山ガスとともに地球の内部から地表に大量に供給されている)。

惑星の話ばかりでもなく、人体の話もまた多い。わくわくするのが生命の活動の根底を支える働きをしている「アミノ酸」は一体全体どこからやってきたのか、という話である。そもそもアミノ酸が生命にとって重要なのは、アミノ酸が鎖状につながったものがタンパク質であり、タンパク質を使って構造や機能を作り上げているからである。20種類のアミノ酸で10万種類に及ぶタンパク質を作っているので、基礎パーツのようなものだ。

本書ではそのへんのアミノ酸がひとつの分子の中にカルボキシ基とアミノ基の両方を持っていてこれが鎖状につながるとタンパク質になって〜という細かいも説明してくれるのだが、それはおいといて。問題はアミノ酸がどこからきたのか、である。で、近年その疑問は「宇宙で誕生したアミノ酸が隕石に付随して地球に落ちてきて、生命を産み出す材料になったのではないか」というひとつの仮説を生んでいる。宇宙から飛来した隕石にアミノ酸が含まれていることが確認されているからである。

一般的な感心を惹きつけるために「炭水化物抜きダイエットが危険なのはなぜ?」なんていう問答もあるけれど(しかも一辺倒に危険だと言っているわけではない)、宇宙論から人体の関わりについてスケールのデカイ話が展開するのでおもしろかった。若干誤解を誘うような内容がいくつかあって、不安になったけれど概ね満足。

*1:年に3.5センチメートルずつと本書では書かれているが、検索で調べてみると3.8などの記載もある