タイトルに、表紙のかっこよさがあいまって読んでみたのだがこれはまたとんでもねえ作品だなあというのが一読しての第一印象。今まで味わったことがない感覚を湧き起こさせる特殊な造語、言葉選びの数々にストーリーを把握するために描写を読んでいるのだか、描写そのものを楽しむために読んでいるのだかだんだんわからなくなってくる。
用語、語句の使い方、描写の並べ方が独特で、理解がなかなか追いつかない。するすると頭に入ってくる文章ではないのだ。その為一度読んだ後すぐに二度目を読み始めた。帯には『黄昏ゆく世界を硬質な抒情で描く本格SF』とあるが、たしかにこれは硬質な抒情と表現するのがしっくりくる文体だ。
緩やかに衰退する“共和国”の生体兵器として造られ数百年にわたり、戦いと孤独を生き抜いた少女。彼女は、初めて“誰か”の為に願った―緑化政策船団211隻、すべて、私が墜とす。黄昏ゆく世界を硬質な抒情で描く本格SF。
しかしストーリーはシンプル。上記はAmazonの紹介文から引用したものだが、ほぼこれだけ。生体兵器として造られた人造人間少女が、その役割を離れて初めて自分の目的の為(会いたい人に、会いに行く)に戦う。味方はなし、敵は多数。しかし彼女には何百年にも及ぶ戦闘経験と、長年収集し続けた情報と情報のハッキング手段がある。それでも勝つか負けるかは50%──いやあ燃える展開じゃあないか。
当然相手も簡単にやられてくれるわけではない。凄腕の軍師が冷凍睡眠から呼び起こされ、強化外骨格を使って軍団の指揮をとる。双方の力は均衡しており、よって起こるのは死闘の連続だ。わずか240ページの物語。世界観を長々とわかりやすく解説してくれる箇所もほとんどないし、綿密に構成されているであろう世界設定もほのめかされるだけでその多くがよくわからない。
人狗と呼ばれる航空上の脅威が存在していること。生体兵器はその人狗に対抗するために作られること。寿命は特になく千年たっても生き続けていること。共和国がどうやら今世界で一番力を持っていること。人民はシステム的に管理され、共和国は緑化政策と称して各地に特別なカプセルを投下していること。現代の文明は『大偏移』と呼ばれる事象によりほぼ壊滅状態にあること。
などなどはわかる。が、それで実際に運営されている国家がどのような形態をとっていて実際問題どれぐらいの機能を残しているのかはよくわからない。物語のキイになるのは、「七文字分の空白」だ。主人公である生体兵器、員(エン)は信頼性の低い生体記憶装置によって記録されている情報に、こっそりと一人でアクセスしている。その過程で、自分と同じくどこかでその情報を盗み読んでいる「cy」と七文字分の会話をする余白があることを知る。孤独な二人が七文字分の空白を得た時に、本作の物語は始まる。
この世界では現代のように記憶容量がほぼ無尽蔵に使えるわけではない。かつかつの資源の中で、情報が保存されている為、七文字分の情報を書き加えられる隙間は奇跡的なのだという。たった七文字分の隙間を書いたり消したりして、ちまちまと孤独を溶かしていくcyと員の描写がとてもいい。というのもこの世界は、まったく素晴らしい世界ではない。一般人などほとんど描かれないが、ろくな生活をしていないことはわかる。
特に戦うために造られた生体兵器など、楽しく生きられるわけもない。たったひとり孤独に生きてきて、これから先も報われる様子などない。それだけでなく世界全体が徐々に衰退している状況だ。そんな陰鬱な世界観の中でほんのわずかに通った希望への道のりが「たった七文字の情報のやりとり」なのだ。この荒廃した世界におけるたまらない窮屈さと、それでもそこには極小ながらも希望があるのだという、わかりやすく詩情の聞いた表現だと思う。
そして生体兵器少女は孤独をいやしてくれたcyを助け、会いにいくことを決意する。ある意味でこれは、ボーイ・ミーツ・ガール(ただし人間じゃない)に至るまでの物語だ。
硬質な抒情?
硬質な抒情という説明がしっくりくると最初に書いたが、それだけではなんのことだかわからないだろう。僕も帯を読んで「文体における硬質さというのはいったいどういうもののことをいうのだろうか」と疑問に思った。いくらそれを説明したところで伝わる、わかってもらえるとも思えないので印象的な描写を一部引用してみよう。引用部は生体兵器である員が存在している炭素繊維躯体と呼ばれるよくわからん構造物を一般人が描写している様子。人間は下部の方に住んでおり、員は人目を避け上部へと移住している。
「遠くまで永遠に繰り返し続く、[黒柱]の組み合わせ。強い風が吹いた時の、[黒梁]の大きな揺れ。水平線近くに現れる、巨大な月。[黒柱]をゆっくりと昇る、長い毛並みに覆われた、生物なのか機械なのかも分からない、人よりも大きな黒い塊。間近で見た[アセンブラア]の姿。あの脚の先の、細かな動きを見たか? あの部分だけでも、数え切れないくらいの可動箇所が見えた。全部、話して聞かせてやればいいんだ。今日までに遭遇した、恐ろしい話の全部を」
炭素繊維躯体とかいう名称のつけ方がまずもって天才的だよなあ。ごくごく短く一文を切って、テンポよく単語を重ねていく。そしてその単語の選択、造語の多さと、造語がもたらす感覚の一貫性が「硬質」な印象を与える。上記で引用したのはなかでも印象的な場面だったが、むしろ普通のなんてことない描写の中にこそその異常さがよく見えるかもしれない。たとえば下記のような文章がずっと続くのだ。
噴出翼の出力が落ちた。員はすぐ傍に見える小さな水素浮遊体を踏台にして、浮力を補う。ゼラチン質が破れる感触があり、赤い体液が漏れたのが、視界の隅に映った。員は旗艦の上部に到達し、身を低くして、その場で兜を引き上げた。方との意志の疎通を、もっと滑らかにするために。旗艦表面を走る風の流れに目を細めた。員は人狗のように、太陽光セルを指先の爪で砕き、その下のフレームにつかまった。
水素浮遊体、ゼラチン質、太陽光セルと造語と既存の名称が入り乱れて使われておりイメージを沸かすのにいちいち苦労する。が、詩を読むときに「理解」する必要なんてないように、本作もまた感じるように読めばいい。僕は詩を読むのも好きだが、言っている意味が好きだというよりかは単に語句の選択を絵的な表現として楽しんでいる感覚が強い。本作から受け取るイメージは描写から立ち上ってくるものも、もちろんあるけれども、それと同じぐらい語句の並び自体から浮かび上がってくるイメージも強い。
生体兵器物として戦闘描写は圧巻の一言。共和国側の指揮をとる人間も一筋縄ではいかない、その為だけに蘇らせられている死者でありはったりも能力も充分。やはりこういった闘いでは双方がプロフェッショナルでなければいけない。それでいて政治的な力場まで描写に入っていて、短い割に描写は凝縮されている(起こる事象が少ないから可能なのだろうが)。無条件にオススメできる一冊ではないが、荒廃した世界の中、ただ「会いたい」という一心で敵を殲滅する生体兵器の「希望」がとても美しい、他に類を見ない特別な一冊だ。
- 作者: 結城充考
- 出版社/メーカー: 東京創元社
- 発売日: 2013/11/28
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