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5年後、メディアは稼げるか――Monetize or Die? by 佐々木紀彦

5年後、メディアは稼げるか、というのはずいぶん切実な問いだ。テレビ業界は斜陽と言われて久しく(いまだにその影響力は強いが)新聞も雑誌もがしがし体力を削られている。頼みの綱のWebも儲かっているのか?? といえば怪しい。小さな文章コンテンツ系のWebサービスは乱立しているけど、どの程度稼げているんだろう。

僕は単なる受け手側の人間だからテレビが潰れようが雑誌が潰れようがどうでもいい。質のいい情報がどこか別のところにちゃんといてくれるのならば、メディアを変えるだけだからだ。紙だろうが雑誌だろうがテレビだろうがWebだろうがなんでもいいが、質のいいコンテンツを持続的に作って売っていくメディアがどこにもなくなってしまうのは困る。「Webに移動しているんでしょう?」というのはたしかにそうだが、マネタイズができていなければ移動したところで死ぬのがちょっと遅くなるだけだ。

かといってWebメディアはまだ稼ぎのアイディアを試行錯誤しはじめたばかり。

広告だけでやっていけるわけではないのは自明だ(情報はすべてフリーになるとかいってるのは馬鹿だ。すべてが無料になったら誰も広告なんて出さない)。ウェブページにはいくらでも広告が出せるが、広告を出したいという需要がなければ意味がない。結果的に供給ばかり過剰になってWebでの広告は値段が下がる。別に紙の方が堅調ならそれでもいいのだが五年後焼け野原状態になるかもしれない状況で、退避先のWebはほぼ未開拓、メディアは全滅しプロはいなくなりアマチュアが跳梁跋扈する世界が到来しました、ちゃんちゃんというのは嫌だ。

質のいいコンテンツはタダで出てくるわけではないのだから、そこには継続的に出せるだけの仕組みが作られなくてはならない。継続的に出すにはそれだけをやっていても過ごしていけるだけの金が稼げるのが一番手っ取り早い。さてどうやるのがWebで効率よく金を稼ぐ良い手段なんだろう? こうした疑問を海外や成功した日本の事例なんかから探っていこう、というのが本書である。著者の佐々木紀彦さんは東洋経済オンラインの編集長で、編集長になってから東洋経済オンラインのページビューをなんと十倍にしてみせた人だ。

十倍って凄いな! 改革は多岐にわたっているが、中でもWebと紙の違いに注目して紙からWebへの転載をほぼ辞め、コンテンツを自分たちでWeb流につくりあげていったことが大きかった。いかにして稼ぐのか、といったシステムの話ももちろんだが、Webと紙媒体での読者の傾向、求めるものの違いがある。たとえば媒体まるごと読む、という習慣はWebでは薄い。細切れの情報の方が好まれる。どの媒体か、よりも誰が書いたか、どんな主軸なのかが重視される。たとえば東洋経済オンラインしか読まない、という人はほとんどいないだろう。

また論理よりも感情が優先される。記事名で読む読まれないが判断される、などなど好まれる条件が大きく異なってくる。だから紙の内容、紙の方法論をそのままWebに持ち込んでもダメなのだ。本書ではWebと紙の違いを次のような6つのポイントにわけて解説している。1.タイトルが10倍重要。2.ウェブは感情、紙は理性。3.余韻より断言、4.建前より本音。5.一貫性より多様性。6.集団よりも個人

とまあこのへんはしかし、Webで多少なりともメディアを知っていれば誰もが既にわかっていることではある。問題はその先で、Webに最適化した後にどうやってコンテンツを充実させていくか、コンテンツを充実させたとして、ページビューが増えたとして、それをどうやって稼ぎに変えていくのか。ここからはいかにして最適な環境を作り上げるのかといった「仕組み」の話になってくる。

独創的な話ではない。主に海外事例の紹介だが、なかなか面白かったのが「メーター制」の存在。大雑把にまとめてしまえば一ヶ月に一定本数の記事が無料で読めて、一定数以上は有料会員でなければ読めないという制度である。僕も海外のウェブサイトをよく見るからメーター制の存在は知っていたけど、これが収入増に大きく貢献しているとは知らなかった。月に数本しか読まないようなライトなユーザーでも読めるから、常に会員数は増える余地がある。

メーター制の導入などにより既にWebの収入が紙を上回っているところとしてFTがある。一方で失敗している(いた)のがNYTだ。2007年にすべての記事の無料化を行いページビューは世界2位を達成したにも関わらず、広告収入はこれに追い付いていない状況が続いていた。まあその後同じくメーター制の導入によって若干持ち直すのだけど、それでも紙のマイナス分を補うのに苦労しているようだ(オンライン広告は成長がストップ、デジタルの有料会員は67万人×1500円程度)。

67万人×1500円ってかなりあるじゃねえか、と思うところだが抱えている記者の数、会社の規模、業界でのランク(世界でもトップ)を考えると……この程度かあ……といったところ。しかしメーター制というのは課金して全部読むか、無課金で人を集めるだけ集めて広告で稼ぐか、といった大雑把な二択しかなかった状況にそのどちらの層も取り込める仕組みをつくったわけでいいとこどりだ。あまりにもシンプルな話なのでいまだにこれが日本ではそうたいして普及していないのが不思議ではある。

しかしそれにしたってまだまだ違ったやり方があるだろうし、これから先いくらでも「ああ、そんなやり方もあったね」という稼ぎ方が出てくるだろう。たとえば日本でもニコニコ動画のブロマガなんかは個々人が勝手に書いているだけだが、有料記事/無料記事を自分で選択できる。といったようにいくらでも別パターン、より複雑化した仕組みが考えられるわけで、まだまだこれからだといっていいだろう。

本書も此処から先はより具体的な方法論に入っていくので適当な要約はこのあたりで切り上げる。ああ、まだまだやること、試せることっていくらでもあるんだな、と思えるような一冊で、悲観的なデータばかり出てくる割に希望やわくわく感に満ちた一冊だ(だと思う、と書いた後にここは断定表現にしておくか〜〜と思って書きなおした)。

5年後、メディアは稼げるか―Monetize or Die ?

5年後、メディアは稼げるか―Monetize or Die ?

以下目次

目次
序章 メディア新世界で起きる7つの大変化
●大変化1 紙が主役 → デジタルが主役
●大変化2 文系人材の独壇場 → 理系人材も参入
●大変化3 コンテンツが王様 → コンテンツとデータが王様
●大変化4 個人より会社 → 会社より個人
●大変化5 平等主義+年功序列 → 競争主義+待遇はバラバラ
●大変化6 書き手はジャーナリストのみ → 読者も企業もみなが筆者
●大変化7 編集とビジネスの分離 → 編集とビジネスの融合

第1章 ウェブメディアをやってみて痛感したこと
●ページビューが10倍に伸びた理由
●なぜ30代をターゲットとしたか
●ユーザー第一主義を徹底
●速報よりも、クオリティの高い第2報
●タイトルが10倍重要
●ウェブは感情、紙は理性
●余韻より断言、建前より本音
●一貫性よりも多様性
●集団よりも個人

第2章 米国製メディアは本当にすごいのか?
●米メディア企業の血みどろの戦い
●紙の広告が激減、ウェブ広告も伸び悩み
●紙の100万円がネットでは10万円に
●FTが切り開いた有料課金への道
●出版社からネット企業へと変身
●ニューヨーク・タイムズの苦悶と逆襲
●新会長が打ち出す5つの成長戦略
●老舗出版社 アトランティックの大変貌
●編集とビジネスの壁、紙とデジタルの壁を打ち破る
●フォーブスの「超オープン戦略」
●年間1000万円以上稼ぐ筆者も
●すさまじいトライ&エラー

第3章 ウェブメディアでどう稼ぐか?
●日米の業界構造の違い
●新聞はまだまだ余力がある
●雑誌にはこれから5年が正念場
●ウェブメディアの4タイプ
●8つの稼ぎ方:広告から、ダイエットまで
●なぜネット広告は儲からないのか
●どうすればウェブ広告は儲かるのか
●広告を面白くする。それに尽きる
●ブランドコンテンツという新マーケット
●広告頼みにリスクあり
●有料化のための3つの条件
●有料化に成功するの日本のメディアは?
●ヒントはネット企業にあり

第4章 5年後に食えるメディア人、食えないメディア人
●20代はまず紙で基礎体力を
●30代こそネットで挑戦すべき
●40代はなんとも中途半端
●50代には30代以下を登用してほしい