薄氷を踏むような気持ちで日々本を読んでいるのは僕だけではないだろう。電子書籍の話だ。今や僕のKindleユーザには400を超える本が購入履歴として残っているが、こいつらはいったいいつまで残るんだろう?? Amazonが消滅すれば(それがどんなに想像しにくいとしても)当然読めなくなるだろう。もしくは他にもっと魅力的なデバイスや電子書籍の購入市場が立ち上がったとしても、この400冊は引き継ぐことは出来ない。
だいたい400冊も買ってしまったらちょっとやそっとの特典があったとしても別の媒体にうつろうとはなかなか思わないものだ。決済は面倒だしいちいちアプリやデバイスを切り替えなきゃいけないなんてまるで悪夢だ。そして2009年に突如読者の間から消滅したジョージ・オーウェルの本のように、いつ何事が起こって本が消失するかもしらんと不安に思いながら日々を過ごすのはこれ、「所有」しているとはいえないだろう。
もともと「所有」とは何かといえば自分の意志でそれをコントロールできるかどうか、といったところに簡単な定義がおけるだろう。Kindleから接続しに行く本は所有しているというよりかは、ただアクセス権をもらっているだけに過ぎない。市内の人間なら○○図書館が自由に使えますよ、というのと同じような状況。たしかに即座にアクセス出来る分所有していることの一番大事な部分を擬似的に体感できているから現状それほど気にならないが。
この状況ってほとんどの人が思っている以上にツライ。ナントカシテクレ(超他力本願)と思うところなのだがそういった電子書籍まわりのもろもろを扱った本が出ておりました。マニフェスト 本の未来 - 基本読書 の続編。本の未来をあらゆる角度から見ていこうという包括的な一冊だったけれども、続編たる本作はよりテーマをツールに絞っているところがまたニッチで良い。ツールといってもEPUBやPDFが〜といった狭い意味で言っているのではなく、そもそも企画段階からの盛り込み手法や売るための手法といった部分、ようは「業界を一変ような新規的な技術・手法」の総称として使っている。
しかしこれ「紙の本では絶対に買うな」と紹介しようと思っていたら、なんと紙で出ていなかった。前作は紙でも出てたと思うんだけどね。
でもそれは当然で、本書は文中に無数のリンクを編みこんであるのだ。僕はiPadで読んだからそのまま記事に飛んで記事中で言及されている文章がそのまま読めてまさに「Webを取り込んだ電子書籍」としての可能性のひとつの体現になっている。Web記事をまとめた短い文章の列挙になっているが、誰かの記事に誰かが応答するという形でつながったりしていて議論になっているところも興味深い。問題点をあげるなら、翻訳書なので文中のリンクが全部英語だということぐらいだろうか。ここまでやるんだったら、許可をいちいち得るのに手間がかかるとしてもリンク先の記事まで翻訳をしてもらいところだったが。
前作のレビューで僕は次のように書いた。『僕が楽しんできたのは「本」ではなく、ずっと本の中に書かれている「人の言語、あるいは表現」だったわけですから。』これはようするに「メディアそれ自体に価値があるのではなく、コンテンツこそが重要である」ということだ。メディアはそのコンテンツを楽しむ際に、できるだけ意識されないもの、邪魔にならないものであることがいいと僕は思う。現状、技術的にはいくらでもできることがある状況にある。HTML5もある、ePubだって優れた形式である。
問題はそれを取り巻く利益の確保に走る(当たり前だが)企業側の事情だとか、法律だとか、あるいはそうした状況で創り手側に正当な利益が渡りえる環境だったりを整備していくところなのだろう。たんなる一読者としての僕が望むのは、「表現物を手軽に所有することができ、正当な対価を創造者に対して支払える」環境そのものである。表現物を読み、楽しみ、役に立て、それがまた表現者の次なる作品を産むきっかけになるというサイクルをいかにうまいことグルグルと回していくのか。
うん、しかしこの本を読んでいてよかったな、と思ったのは最初に僕が「薄氷を踏むような」と書いたのと同じような不安を感じて、さまざまな手を考えている人がいっぱいいるんだな、ということで。ジャパゾンなどといういまさらな事を「誰も止めることができなかったのか」と不信感が募りつつある昨今たとえ日本からの状況変革でなかったとしてもちゃんと考えている人たちの考えが読めるのが嬉しかったのだ。
納得いかなかったりそっちを諦めるのは早くないかと思う所もあるが(DRMは絶対に破られると言われるがそうかなあ? なんとかならんかなあ?)それもまた議論調のいいところでもある。叩き台というか。本作、紙では出ておらんので必然的に電子で読む必要があるけれども、端末がなくてもスマホがありゃあ読めるのでわりとえーですよ。500円という価格設定も凄い。
※余談だがこの本の中でジョー・ワイカートさんが今年(2012年)の必読書などといって熱心にオススメしている『Information Wants to be Shared』を読んでみたのだが、100ページ未満の中に内容が凝縮されていてなかなか良かったので明日あたり個別にレビューを書く。⇒書いた(Information Wants to Be Shared by JoshuaGans - 基本読書)ただ挙げられている具体例は「それ5年前に読んだよ」みたいなものが多い上に、情報は共有されたがるのだという自説にこだわりすぎて視野が狭くなっている部分があるので手放しでオススメできるわけじゃないんだが。
しかし本はだいたい100ページぐらいに治めてもらえると良いなあとまったく別のところに感心した。紙だとなかなか難しいのかもしれないが(それでも昔の名作ってそれぐらいの短さの文庫が多いから無理なわけないんだけど)。語られるべき適正ボリュームというものがどんなテーマにでもあって、それを超えて「一般的なページ数」に合わせようとする本が現状多すぎるのが最大の問題。出版社側の事情なのか著者側の事情なのかはたまたそのどちらもなのかユーザ側の欲求にあわせたものなんかはわからないが。
どちらにせよまずはページ数が多いほうがいい本だと捉えるようなユーザ側の意識からまず変えていかなければいけないのでしょう。「短い物はいいものだ」とする価値観があれば自然とそちらに流れるわけだから。そういう意味で言えば50ページだとか100ページだとかのミニマム本が電子書籍によってもっと増えると大変素晴らしいと思う。
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Information Wants to Be Shared
- 作者: Joshua Gans
- 出版社/メーカー: Harvard Business Review Press
- 発売日: 2012/10/02
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