大栗博司先生の本。出版社こそ違えど『重力とは何か アインシュタインから超弦理論』、『強い力と弱い力 ヒッグス粒子が宇宙にかけた魔法を解く』を最終的に総括するような一冊で、上記の二作を楽しく読んだ身としてはとても楽しく読めた。もちろん本書は上記の本を読んでなくても楽しめるものだが、折角なら上記二冊を読んでからの方がより超弦理論への理解が深まると思う。なにしろ本書はわかりやすく言葉は咀嚼され、難しい概念はざっくり省いて要点だけ教えて、最短で超弦理論を教えてくれる一冊だとはいえ、中身はけっこうハードだから。
こうした宇宙の成り立ち、構成物質、作用を探っていく試みはそのまま世界とは、宇宙とは何か、時間とは、空間とは何か、という問いに直結していてスリリング極まりない。高校生ぐらいの頃は夢にも思わなかったが、科学ノンフィクションを読みあさるうちに「なぜ我々の認識できる世界は三次元なんだろう」「世界は何次元で構成されているんだろう」と疑問におもうことすら知らなかったことを疑問に思えるようになっている。それはとても根源的な問いで、足元からガラガラと崩れていくような感覚さえ受けるが、だからこそそれらについて調べ理解していくことは世界認識を一変させるような興奮がある。
科学的視点が与えてくれる一つの物の見方の転換例を書いてみよう。我々の体験としては、水は形が自由に変わり氷は固体としてカチカチだ。しかしミクロの世界にいくとこの性質の違いは分子の結合のしかたによって説明され、個々の分子の結合の仕方によって表現が変わるだけで分子レベルでは差はみることができない。また温度の考え方も現実では数直線上で表されるが個々の分子が決まった温度を持っているわけではなく、分子の平均エネルギーのあらわれとなる。つまり現実に存在する温度や、水や氷といった状態はマクロな世界で暮らす人間たちだけが感じる幻のようなものだと考えることもできるだろう。
温度が分子の運動から表現されるものにすぎないように、空間や時間も何かより根源的なものから表現されているものにすぎないのではないか、超弦理論の考え方の核はそのあたりにある。そもそも超弦理論とは何なのか。それがこの記事で簡単に説明できるようならこんな本を読む必要なんてひとつもないのだが、とりあえず簡単に本書の言葉を借りてざっと説明していこう。アインシュタインが一般相対性理論、時間や空間は重力と深く関わっており、常に一定のものではなく伸びたり縮んだりする理論と、ミクロな世界の法則である量子力学の間では深刻な矛盾があることがわかってしまった。この両者を統合する理論を建設することが現代物理学の大きな課題となっているが、超弦理論はこの課題を解決する理論として提案されたものだ。
そもそも超弦理論というのはどれぐらい妥当性のある理論なのだろう。僕も素人ながらに何冊も入門書を読んでいて、いまいちこれが何か意味のあることを言っている理論なのかどうかよくわからないままだった。「xkcd」というウェブ上で公開されているランダル・マルローによる科学コミックでは超弦理論の状況を皮肉った話で第一の人物が第二の人物に向かって「すごいアイデアを思いついたよ。物質とエネルギーはすべて、小さなひもの神童でできているんだ」といい、第二の人物は「それで?」と聞き返す。すると第一の人物は「いや、それだけなんだが」と答える笑い話が公開されるぐらいだった。
まあ、たしかにそれだけなんだが、といったらそれだけで終わってしまう。超弦理論は必然的に九次元であることを要求するが、我々が普段生活している三次元の他にいったいどこに六次元もあるのかというとコンパクトに押し込まれているのだと言い、それを実験で検証できるかというといまのところできていない。つまり実験的検証を受けることができていないから上記のようにジョークのネタにされてしまうこともある。が、そのものの証明はできていなかったとしても重力現象についてのデータ、素粒子現象についてのデータなど超弦理論であればさまざまな現象に無矛盾で適用できる例が増えてきている。
この世界がどのような要素から成り立っているのか、未だたしかなことはなにもいえないがこの世界の根底を説明しえる理論として有力かつ魅力的な仮説のひとつであることは間違いがない。大栗先生の総括的一冊で、渾身の一冊でもある。良い本だった。
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重力とは何か アインシュタインから超弦理論へ、宇宙の謎に迫る (幻冬舎新書)
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