基本読書

基本的に読書のこととか書く日記ブログです。

駄作 (ハヤカワ・ミステリ文庫) by ジェシー・ケラーマン

 うーん素晴らしい。げらげら笑いながら最後まで読んでしまった。明らかにおかしい、明らかに狂っている。ギャグをあくまでも生真面目に、頭から尻尾まで敷き詰めてやった爽快さがある*1。後半部に関してはどこからどう読んでもゴミ・クソみたいな本(駄作)なのだが、それがまた笑えるので駄作としてレベルが高い。いやあ、クソなのに面白いっていうのはたいへん貴重な経験だし、高度な技術がないと成し得ない達成だと思いますね。

 ところで、ひょっとしたらこの本を読みおわった人で「意味がわからない」と思ってここに来た人がいるかもしれませんが、小説を読む上でとても重要なことをお教えしてあげましょう。小説を読むことは学校の試験ではない、お勉強ではないんです。わかるために小説を読むことをやめれば、もっと楽しくいろんなものが読めるようになりますよ。以下でも別に解説はしません。逆に読んでいない人も「わかるひつようなんてないさ」と読めばこれほど面白い、不条理な話もないとおすすめしておきましょう。

 物語の前半部分は、第一作を出したものの二作目の長編がなかなか書けない、落ちぶれた作家の人生を描いていく。落ちぶれた作家には学生時代からの親友で、自分とは似ても似つかないほどのベストセラー作家様がいる。ただし落ちぶれた作家からしてみれば「カネ目当てに書かれた粗悪な本」であり、落ちぶれた作家は唯一その点について自尊心を満足させているが、金はないし、ゆえに娘が結婚するといっているのに金を出すことさえ出来ない。まあ古くからの親友で、自分が先に書き出して、親友がその後を追って書きだしたのにものすごい売れちゃってなんか、みじめな気分になるって僕の周りでもよく聞く話でもあるよなあ。親友のベストセラー作家への批評はひどいものだ。

 どう考えても、ひどい本だった。野暮ったく、趣のない、陳腐な常套句だらけの作品だ。プロットはひねくり回しすぎで、偶然の一致に頼っている。登場人物の造形に厚みがなく、言葉の使い方は嫌悪感で喉が締めつけられるようなものだった。

 それでも売れているのだから、売れない作家の悩みは深い。自分は売れず、それどころか書けず、あいつはクソなのに売れる。ところが突如ベストセラー作家様は死んでしまう。『駄作』はそこから始まる物語だ。主人公の売れない作家は葬式におもむき、昔からの知り合いであるベストセラー作家様の嫁カーロッタと関係を復活させる。カーロッタの家にいくと、そこにはベストセラー作家様の未発表の原稿があり──。売れない作家はそれを盗んで持ち帰り、改稿し、出版し、ベストセラー作家様の仲間入りを果たすことになる。

 この前半部の物語自体、とてもおもしろいものだ。売れない、だが志の高い作家の自分なりの文学論、作家論、皮肉は実際にありそうで──小説を書いている人ならばきっとうんうんと頷いてしまうような説得力がある。そしていざ未発表原稿を盗み出し、改稿し、出版し、大ヒットしたときのドキドキ。バレるかもしれない。カーロッタは原稿を読んでいないと言っていた。バレなかったら新しい人生が開けるかもしれない。娘のために結婚資金をいくらでも出してやることができる、家だって買ってやれるかもしれない。一作目が売れたことでついたエージェントに、二作目をガンガン急かされるが、元より書き上げる能力がない作家なので苦しみ、どんどん追い詰められていく──。

 と、ここで物語は転調を迎える。ナンセンスで、バカバカしく、つい笑っちゃうような転調だ。あれあれあれ、おかしいぞ。さっきまでの切実な作家の苦悩的なストーリーラインはどこにいってしまったんだろう、これじゃあまんま売れない作家が嫌悪していた「カネ目当てに書かれたチンケなスリラー」じゃないかと最初は疑問に思う。明らかにおかしい話だ。それでもなんらおかしさを感じさせない生真面目な語りと緊張感によって「なにもおかしなことなどありませんよ」というふうにぐいぐいと先へ進んでいく。

 薬などで幻覚症状が出ている人間は自分に見えているものが明らかにおかしいものであっても実際に見えているので迫真の動作でそれを描写してみせるので本当にそうなのかな? と圧倒されてしまうことがある。本作は似たようなおかしなストーリーラインと、あくまでも生真面目な語り口の葛藤でそれを彷彿とさせるつくりになっている。狂っているのにまともに語りすすめていくのだから。狂った部分を成り立たせるための書き込みもすごくて、本書には架空の国が出てくるのだが思わず「あれ、こんな国聞いたことないけどほんとうにあるのかな?」と検索してしまったぐらいだ。

 そして550ページ程を読み終えたところで、結末を迎える(当たり前だ)。ここで頭が「??」となる人と、げらげら笑う人にわかれるのかもしれない。一つだけアドバイスするとすれば、あまり深いことは考えなくてもいいんじゃなかろうか、ということだ。僕は正直いってここに意味があろうがなかろうが、どうでもいいと思う。ただただバカらしい。普通に展開していく出来事をおっていくだけでも、狂気と正気の境目のような演出と文体によって充分に楽しめるはずだ。

 本作は駄作というタイトルであり、実際に中身も駄作としかいいようがない。しかしその駄作であることそれ自体が面白いので、傑作になっているともいえる。一冊で駄作と傑作が味わえるなんて、一冊二作だ(わかりにくいギャグを自信満々にいいながらフェードアウト)。

駄作 (ハヤカワ・ミステリ文庫)

駄作 (ハヤカワ・ミステリ文庫)

*1:可笑しさとしては円城塔『Self-Reference ENGINE』系列だろう。