基本読書

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星を創る者たち by 谷甲州

この『星を創る者たち』は谷甲州氏による宇宙土木シリーズを一冊にまとめたもの。宇宙土木シリーズってなんだそれ、凄い言葉のインパクトだなと思うがのちに説明する。何冊もあるシリーズのうちの一冊というわけではなく、連作短編集の形としてこの一冊で完結しているので、何冊も読む必要はない。最初の短編『コペルニクス隧道』が掲載された雑誌が刊行されたのが1988年のことらしいから、またずいぶん長い年月(25年)をかけて書き溜められた一冊だ。途中中断を経て、NOVAシリーズへの寄稿によって復活し、最後に書き下ろしを加えて完結した。この最後の書き下ろしが加えられた短編の名前が、本書の署名でもある『星を創る者たち』になっている。

短編は最後の『星を創る者たち』を除けば、たいていは「なんらかの惑星で作業に従事している土木作業員たち」が、想定外の事象により起こった問題になんとかして対処、あるいは対処する為に考え一歩を踏み出すといった形になっており、そういう意味では展開事態はわかりやすい短編連作集である。そんなの面白いのか? と疑問に思うかもしれないが、これが面白い。そもそもの基本コンセプトである「宇宙での土木工事」を成立させるための諸条件が語られていくだけで面白いし、だいたいそれだけですでにヘンテコで、かつて読んだことのない物に仕上がっている。そして対処法が物凄く真っ当で現実的に描写されていくので、アホみたいなことを大真面目にやっているちぐはぐさ、面白さがある。いったいどこのだれが宇宙で土木工事をする男たちを書こうと思うのだろう? 谷甲州である。

元々氏の経歴が大阪工業大学工学部土木工学科卒で、建設会社勤務でばりばりの専門家だったことも関係しているが、いやあこういうのを読むとやっぱり社会人経験はどっかしらで積んどくといいこともあるもんだねえと思う次第である。文章なんて誰が書いても同じ結果が出力されるものを書いてお金を得られるのは、そこに誰も書かない、しかし惹きつけるものを書いているからこそであって、宇宙に今まで描かれたことのない異質なものをかけあわせるとそれだけで乗算的に面白くなるものだ。一発ギャグならともかく、綿密に描写を重ねていくのだからなおさら。

なぜ工事をしているのか? という問題設定自体が面白い。たとえば最初の短編『コペルニクス隧道』で執り行われている工事は全長120キロに及ぶ月面の巨大交通トンネルの構築だ。なぜそんなものを作る必要があるのかというと、月面の都市群における移動方法がいったん軌道上をめぐるステーションを経由する縦方向のものしかなかった。それならば横方向の都市間を結ぶトンネルをつくろう、というのは割合理にかなっているように思う。表面上を移動する手段ももちろん確立されてはいるのだが、月の地表は昼夜の温度差が300度になることなどもあって問題がある。まあそのあたりの説明は長くなるので割愛。

当然土を掘り進んでいくわけだから、岩石屑を掘った後排出する処理が必要になる。長距離トンネルになればなるほどこの岩屑排除装置の重要性は増していくが、この短編では先ず最初にそこの機能に何か問題が起こったことが示唆される。非常にそれっぽく問題が提起され、まるで地球の土木工事をみているかのように方式が策定されており、解決法が提示される。その分短編のほとんどはなぜこうなっているのか、どうしたらいいのかといった部分の説明にとられてしまうが、宇宙空間で土木工事をするといった言葉にしてしまえば簡単だが、描写にするとひどく難しいことを着実と成し遂げていくのでそれだけで興奮するというものだ。

それぞれの短編ごとに主要キャラクタは異なっており、最後の短編でこれまで語られてきたキャラクタが一同に介し未曾有の危機に対応することになる。ただ共通しているのは誰しも技術者としての矜持みたいなものを持ち合わせている、プライド高き人間であることだ。東日本大震災を例にとるまでもなく、事故は常に起こる。予測不能の事態に際してどのように行動するかで人間の本性がわかるとはよく言うが、技術屋としての矜持が試されるのもやはり予測不能の事態の中でこそだろう。

何が起こっているのかわからない状況の中で、確実に状況を見定め、一つ一つ事実を積み重ね対応手段を検討していく、めちゃくちゃ地味で現実的な話なのだけど、だからこそ格好がいい、そして、明らかに異質だ笑 こんなとことんまでこだわったヘンテコで真面目な話、読んだことがないよ。そしてここまでの真面目な、宇宙を地につけるかの積み重ねのあとにやってくる最終話『星を創る者たち』の破壊力よ。そこまでの積み重ねがあったからこそのこの最終話であり、飛躍であろう。この小説があなたにとって面白いものかどうかは正直いって保証しかねるが、少なくとも唯一無二の作品ではある。

星を創る者たち (NOVAコレクション)

星を創る者たち (NOVAコレクション)