基本読書

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問題をどう解くか: 問題解決の理論 (ちくま学芸文庫 ウ 22-1) by ウェイン・ウィケルグレン

1980年に出ていたものがちくま学芸文庫にて最近文庫化されたので初読み。これは名著だ。

たくさん「この人は頭の回転が速いなあ」と思う人にあってきたが、頭の良さにもいくつかのパターンがある。純粋に計算能力や記憶能力が良いといった地力が強いタイプ。会話のパターンをつかんでいて返しが毎度秀逸なタイプ。発想の飛躍が優れているタイプ、把握力と応用力がずば抜けているタイプ、難しい概念や単なる知識を覚えているだけではなく、テーマ毎への思考をあらかじめ行っているが故に、だいたいの会話パターンに「それはね」とすぐに答えたり、自分の考えをその場で思いついたように言えるタイプ(実際には色んなパターンをあらかじめ思考してストックしてある)。

まあいろいろあるが、そのうちの一つに問題解決にあたっての道筋が高度にパターン化されており、問題にあたったときにパターンに沿って思考を展開することで高速解答するタイプがいて「ははあすごいなあ、どんな解き方を持っているんだろうなあ」とぼんやり思うだけだったのだが、なるほどこういうことをちゃんと考える人がいるのだ。現実にはたくさんの問題が存在している。数学的問題や学校で出てくる問題もあれば、クイズみたいな問題もあるし、日本は脱原発を目指すべきかといったゴールの明確でない問題もある。こうした問題について、抽象的に「解き方のパターン」を構築していくのが本書の役割だ。

 私は、大学でとった数学と科学のコースでは、問題を眺め、これらの問題を解くには、次にどのような方法を試みればよいか、ということに関して何ら良い考えを思いつかぬまま、非常に多くの時間を空費して、大変イライラした。私はその頃、これらの”空白の”時間には何ら教育的な価値はないと思った。そして今日でも私は、それには何の価値も認めない。本書に述べられている、一般的問題解決の方法は、実際諸君に、このような状況のもとでふたたび空白な精神状態をもたないことを保証してくれる。

素晴らしい宣言だと思わないか諸君(なぜ突然尊大になる)。で、本書の面白いところはいくつもの「問題解決のパターン」を教えてくれるだけでなく、常にごくごく簡単な問題を提示し、それを考えてみることによって「パターンの実践」というフェイズが必ずどのパターン解説にも付属していることだろう。実践を通すことで問題解決のパターンが「実際に役に立つ」ことや、そもそも「使い方」を学ぶことが出来る。こういうのって言葉だけで説明されてもよくわからなかったりするからね。またパターンについて「あ、これ今まで自分がやっていたことだわ」という発見もある。

既に無意識的にやっていたことであっても、あらためて意識することの良い点は、迷った時に「あれを使おう」と明確に考えることができるようになることだ。”空白の”期間には何ら教育的な価値はないと思った、という本書著者の言葉だがまさにその通りで、本書を深く身につけたら問題を前にして少なくとも「何をやったらいいのかわからない、おろおろ」といって立ち止まることは少なくなるだろう。注意して欲しいのは何も「何もかも問題が解ける」ようになるわけではないことだけど(当たり前だ)、それでも手も足も出ない時でも、少なくとも自分に何が欠けているのか、何を探しに行ったらいいのかといった行動をとることができるようになるだろう。

細かいところにまでは立ち入らないが、大雑把な概要だけこの記事で解説してしまおう。本書で著者は、すべての形式的問題は3つのタイプの情報から成ると書いている。1つは所与(与えられた表現)、2つめに1つまたはいくつかの表現を1つまたはいくつかの新しい表現に変形させる操作、3つにゴール(目的の表現)に関する情報となる。なんか難しいような気がするけど所与はようは「問題に関する情報」のことで操作は「その情報について何ができるか」でゴールは所与と操作をつかって「何を達成するのか」というだけの話なので別に難しくない。

こうした一つ一つの問題をゴールへと導き出す情報に対して、それぞれにどう考え、どう活用したらいいのかを考えていく。たとえば所与を考えてみよう。もし問題に関連する知識を欠いていれば、問題をどのようにウマく解ける人間であっても解くことはできない。逆に「人間のほとんどは2本の足、2本の腕、2つの目、皮膚、髪、1つの鼻、1つの口」などなどを持っているといった所与の情報は基本的に問題の解とは関係がない、つまり解答にあたっては関係のない情報は捨て去り、関係のありそうな性質を抽出して、意識的に考えるのがスタートである。「何をアタリマエのことをいっているのだこいつは」と思うかもしれないがこうやってゼロから問題の本質を捉え直すことからみえてくるものもあるのである。

そこでその端的な例として、ここで本書にならって一つ問題を解きながら「操作」についての説明をしてみよう。明確に「操作」の手段が決められた問題を解くにあたってよく考えないといけないよキミィという教訓のお話である。まずは問題をまるっと引用してみよう。

諸君は24個の硬貨を一山持っている。これらの硬貨のうちの23個は同じ重さをもっており、1個は他のものよりも重い。諸君のすべきことは、どの硬貨が重い硬貨であるかを定め、しかもそれを天秤にかける回数を最小にしてなしとげることである。諸君には、24個の硬貨全体の集合から取り出された任意の硬貨の2つの集合の重さを比較することのできる天秤が与えられている。

まず問題にチャレンジする気概のある人間は解くことを試みよ。これは「操作」の重要性を確かめるための問題であることは既に述べた。ここでいう操作とは任意の硬貨の2つの集合相互の重さを確かめることができることを意味していると考えていいだろう。この操作により天秤はどんな種類の情報を与え、1度天秤をはかることでいくつの異なる結果を出すことが出来るだろうかを考えて解答が出せるなら、答えに一歩近づくだろう。

さて、一般的に多い解答は「24個あるんだから、12個12個で天秤に載せて重い方をまた半分に分けてそれを繰り返せばいい」というところだろうが、これはとんだ間抜けの解答である(というか僕の解答である)。もし僕と同じように間抜けな解答をしてしまった人間は猛省すべきである。

というわけで解答編。とりあえず先の問いかけに戻ると、この場合天秤は1度はかることによって3つの異なる結果を与えることが出来る。左の皿が右の皿より重いか、軽いか、等しいかである。この操作による3つめの「等しいか」を考慮にいれることが出来るかが問題への対応の幅を変える。どういうことかというと、最初に8と8で比較をすると、上記の3つのうちのどれかが出るのである。等しかった場合は載せなかった一束に問題の硬貨があるし、載せたうちで偏りがあるのならその集合に問題がある。つまり一気に8つまで対称が絞り込めるわけで、これが一番速いやり方だ。

もし問題中で用いることのできるこうした操作の性質をよくよく吟味して問題に挑んだのであれば、正しい解き方へ到達できるはずであった。本書は言葉について非常に厳密にそれぞれを定義しており、数学的な緻密さをもってこうした問題解決法を編み出しにかかっている。その為ところどころ表現に難しい所理解の通りづらいところがあるが、根気よく読み問題を解きながら進んでいくのは単純に面白く意義深い体験であった。実際ここではたいして紹介できていないが、こうした問題以外でも面白い記載がいくつもある。

たとえば「あたため」の項目では問題解決にあたってよくわからなくなってしまったら、一旦別のことをやったりしているとその間無意識下で考えたり、新たな視点を得たりしてあっさり解けるようになることがあるよ*1などなど、問題解決のみならずアイディアの発想法にも近い普遍的な事象への言及があったり、得るものは非常に多いだろう。

問題の解決といったどれだけ時代が経とうとも、変わらず必要とされることへの分析の本は、だれにとっても有益に機能することだろうと思う。オススメ。

問題をどう解くか: 問題解決の理論 (ちくま学芸文庫)

問題をどう解くか: 問題解決の理論 (ちくま学芸文庫)

  • 作者: ウェイン・A.ウィケルグレン,Wayne A. Wickelgren,矢野健太郎
  • 出版社/メーカー: 筑摩書房
  • 発売日: 2014/08/06
  • メディア: 文庫
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*1:人の精神というものは、長いあたための期間全体を通じて、無意識的に問題を考え続けているということである。