基本読書

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Memory of Water by Emmi Itaranta

作家:Emmi Itarantaのデビュー作。ほとんどの情報が明かされないまま話が進行していく、世界崩壊後の世界を描いたもの。洋書SFをあさっているとほんとに今はこの手の「世界崩壊後の人類」を書いた dystopian fictionが多くてお前らそんなに今の世界を崩壊させたいんかい、どんだけ現代が嫌いなんやとだんだんと辟易してくるんだけど、これはシンプルで、さっぱりしていて、割と面白かったな。描写は一つ一つがとても印象的で、映像として頭のなかにありありと浮かんでくる楽しさがある。

人類文明が崩壊しちゃうぐらいなにかすごい事が起こったんだからそれが何か知りたいと思うのは自然な欲求だと思うし、かつては栄えていた都市が荒廃し廃墟とかした世界を見て回るのは「破壊の美学」みたいなものがあると思う。いったん全部破壊されることによって我々の世界がどう成り立っていたのか、大切だったものはなんなのかといったことが懐古的に思い浮かべられることに成る。

ニュートラルな世界崩壊物では生き残った人類が原始的な状態に戻り、命のやりとりを日常的にするようになって欲望がわかりやすくなったりと作劇的に面白いところがいくつも出てくるが、本作の面白いところはそうした事をほとんど描写しないところだろうか。Amazonの内容紹介ではカズオ・イシグロの『わたしを離さないで』が引き合いに出されていて、読んでいるときはまったく想像もしなかったが言われてみればまあ確かにという。あんな感じで特に世界観をガッツリ説明するわけでもなく、文明が崩壊してしまったあとの世界で、その世界を当然のものとして生きる少女と、そんな世界にも確かに希望はあるのだと思うところまでを丁寧に描いていく。

語り手は17歳の無知な少女で、もう自分たちの世界が当たり前なので、我々読者のようなかつての人類向けに「これはこういうことで〜」といちいち説明したりしない。説明をばっさりと切り落として、世界観についての断片的な情報をばらまきつつ少女の内面に情報を集中させ寄り添っていくスタイルはデビュー作とは思えないほど洗練されている。

それでも人類文明崩壊後からしばらく時間が経っているであろうことなど、いくつか状況から推測できる。それは過去の文明危機が地面に埋まっていて考古学のように掘り出す人達がいたり、現在の国家や人種が入り混じってぐちゃぐちゃになっているところからもわかる。相当な時間が経たないとそうはならないだろう。たとえば日本人名としてTaroさんが自然に出てきたりする。地名も中国などを思いおこさせるようなネーミングのものが多く、相当時間が経ってコミュニティや場所も大きく移動したんだろうなと想像できる。

で、タイトルにもあるとおり気候変動によって淡水が不足している、とにかく水不足の世界のようだ。語り手の少女がいるのは辺境の田舎町だが、都市部では戦争も起こっている。少女の父親はtea masterとかいう謎の職業で、少女が17歳になった機会にtea masterが代々受け継いでいる秘密を託されたりする。この職業、結局何が何なのかよくわからない。日本の茶道やらなんやらを混ぜあわせて、一応茶を入れる人ではあるようなのだが、tea celemonyのような形で儀式を執り行う人的なイメージになってしまっているのが面白い。

しかもとにかくその儀式が具体的に説明されない(とにかく茶を入れて出すことだけはわかる)上に、茶を入れる以外のこともたくさんやっている。たとえば水源を管理していたり前時代からの謎の記録を持っている研究者としての側面も持っていたりして、その職業、茶を入れる必要ある?? ていうかいろんな役目をtea masterに押し付けすぎじゃね?? と思うが。まあ「茶」にそういう「なんでもごたまぜにしてもいいよね? 別に。茶だもん」という勢いがあるのかもしれない。地名も人名もとにかく「時間が経ってしまってごちゃまぜになってるんだよ」という話なので、和洋折衷なtea masterもその象徴のひとつだろう。

このtea masterである父親はなんと自分だけが知っている水源を管理していて、増えすぎたり減りすぎたりした時にこれを管理する秘密の役目を持っている。だがこれは別に村人に解放されているわけではなく、自分たちの特権利益として好きなように使っている。え、それ解放しないわけ?? ドン引きなんですけど。まあ確かに大勢に解放してしまったら一気に枯渇してしまうのかもしれないが、水不足で風呂に入れないとかそういうレベルではなく、人間が死んでいたり、割当量が少なくて子供が死にかけている世界なので普通に外道に見える。

作品全体を通して意図的なのが、こうした「あきらかに外道なんじゃ……」と思わせるような、「現代人の感覚からすれば明らかにおかしいけどそこに疑問抱かないんだ?」というところが少女的には違和感なく受け入れてしまっているところだ。それは17歳の、しかも当事者なのだからある意味当然でありリアリティがあるといえるだろう。かなり違和感を覚えるが、それはたぶん「現代人の感覚を持った人達」をSFであろうが歴史物であろうが殆どの場合主軸に据えていて、それに僕も慣れきってしまっているからだろう。

なのでこういう入りにくい主人公は違和感自体が面白いと思う。

大まかなプロット

プロットは大きく分けると二つ走っている。一つはやはり「tea master」としての伝統を守り水の番人として生きるやり方。そしてもうひとつはそうした伝統を放棄して、別の場所に移動しようという「旅人」、研究者としての生き方。これは彼女の両親に端的に現れていて、父親は伝統を、母親は移動を提唱して彼女に分裂を迫る。そして同時に親友のSanjaはバラストとして存在していて、彼女の判断に常に影響を与え続ける。この揺れ動きが常に物語を前に進めていくキッカケになる。

こうした分割が面白いのは、どっちを選んでもどうせ迷い続け、ツライ目にあうのがわかりきっているところだろうな。Sanjaは水不足で妹が病気で死にかけているので、その姿をみていてNoriaは常に「水を自分だけが持っている特権性」の歪みに意識を向けられる。また水不足の世界で水源を秘匿しているわけなので、軍にバレたら普通に処刑物だ。伝統に生きるとしたらこのツラさと付き合っていかなければならない。

逆に移動するにしても都市部では戦争が起こっており、Sanjaと別れるのもツライ。話の途中でpost worldのCDを発見し、把握されていない歴史の情報と茶室の中でtea masterがたくわえてきた過去の歴史本を発見する。外の世界にはまだまだ隠された事実と、さらには水源があると確信するようになり、これがまた彼女の旅への欲求を強くする。こうしたどちらを選ぶべきかという彼女自身の葛藤と、否が応でも変化していく周りの環境に翻弄されていく様が描かれていく。

残った技術など

この世界、技術面で謎が多い。まずインターネット系は全滅しているようだが、謎のmessage podという空飛ぶタブレットみたいなもので手書きのメッセージをメールのようにやりとりしている。「ちょっといそいでうちにきてよ」「おk」みたいな。どういう原理で動いているのかよくわからない。電気はソーラーパネルによって運用されているが、どの程度の電化製品が生き残っているのかは謎。たぶん電化製品的なものはほとんど失われていると思う。水が不足していりゃあ食物の生産は絶望的なんじゃないの? とまず思うところだけど、水をほんの少ししか使用しない特別食みたいなものを食っているようで、なんかこの辺の世界設定は全般的にご都合主義っぽい。

ただしpost worldのテクノロジーを発掘する人達がいて、本書でも語り手のNoria Kaitioは文明崩壊の謎についてのヒントとなりえる音源を発掘したりする。このロストテクノロジーをざくざく発掘する感じは非常に愉しい。なにがでるのかわからないし、出てきたそれは環境を一変させてしまうかもしれないんだから。我々の世界にあって当然のものを、未来人が「わーなんだこれー!! 変なのー!!」と喜んでいるとほっこりするし(よくわからん感想だが)といってもだいたいプラスチック製品しか出てこないような設定なんだけど(プラスチックは風化しないからね)。

冲方丁氏の短編に世界が滅んでしまうとしたらみんなが自分の生きた証にプラスチックを残そうとする短編があったと思うけど、まさにそんな感じでプラスチック製品しか残っていない。

少女同士の友情

この作品を通して一貫して描かれていくのが語り手の少女と友人の少女との友情。特に百合というわけではなく、一度も疑いあったことがないといった純粋な関係でもなく、普通に喧嘩したり疑ったりする関係性なのだが、世界崩壊後のお話で特に色恋がなく少女同士のパートナーシップが描かれていくのは新鮮だった。初めて語り手の少女だけが知っている水源を友人のSanjaに見せた時の、受け入れてくれるのかそれとも非難されるのかといった緊張感、自由に使えるたくさんの水源をみて服を脱いで二人できゃっきゃしながら飛び込むところ、秘密の水源が村の人間にバレてしまい、立入禁止区域にあるであろうまだ見ぬ水源を見つけるため二人で長い旅に出る覚悟を決めるところなどなど。

どれもなんてことのないシーンなのだが、とてもぐっとくるのはこの世界観が関係しているだろう。ようは、追い詰められており、彼女たち自身が常に生きるか死ぬかの決断を迫られている状況にあるということ。一つ一つの決断にも緊張感があるのは、それが自分たちの生存に深く関わってくるからだ。最初はほとんど流されるまま、受動的に物事に対処し、結果どんどん悪い方向にすべてが転がっていく中で、Sanjaとの関わりやNoria自身の思考によって決断をし、誠実な対応を心がけていくように変化していく流れはこのすべてが漠然としてよくわからない世界の中でとても美しく輝いて見える。260ページちょっとの割合短めの長編なのだけど、ポストアポカリプス物の魅力が十全に詰まった物語であった。

Memory of Water: A Novel

Memory of Water: A Novel