正直に白状するとフランクフルト学派って何なんだろうというレベルから読み始めた。フランクフルト学派に連なる人達の人となり、そしてどのような人間的関係性と思想的関係性があり、後に受け継がれていった部分は何で、受け継がれなかったものは何かをキチンと整理していってくれる良い本だ。そもそもフランクフルト学派ってなんぞやというところから話を始めれば、ホルクハイマー、アドルノ、ベンヤミン、フロム、マルクーゼといった一群の思想家たちのことをいうらしいですね。で、当然ながらひとまとめにするぐらいなのでそれなりの思想的連結があり、主なものとしてはマルクスとフロイトといった思想家の統合を試みたこと。『啓蒙の弁証法』で自然と文明の宥和といった課題を提起したこと。後にこれを引き継いだハーバーマスが問題を拡大・発展させていくのが一連の流れになるのかな。
僕はこうした思想的なものは読んでもよく理解できてないものが多くて。どういうことかといえばなんか何を聞いても「だからなんなんだ」としか思わないんですよね。ニーチェぐらいだと言っていることもよくわかるんだけど、カントは微妙だし(永遠平和のためにとかは凄いと思った。純粋理性批判は意味がわからなかった。)、マルクスもフロイトもキチガイとしか思えないし(文章は異常に面白い)。本書も読んでてだいたいの部分において「だからなんなんだ」としか思わなかったんですけど、でも思想的な部分がどのように受け入れられ、評価されてきたのかの部分はよく理解出来たと思う。たとえば有名なフランクフルト学派の一人にアドルノさんがいるんだけど、この人は「アウシュヴィッツのあとで詩を書くことは野蛮である」と言っているんですよ。
で、これを読んでも普通「だからなんなんだ」としか思わないじゃないですか。別に人類が核戦争で3分の1になった翌日だって、裸で酒でも飲んで踊ればいいじゃんと思うし。人間がいっぱい、残虐に死のうがなんだろうが、うんこの詩でもなんでもいくらでも書けや、と思ってしまう。「アウシュヴィッツ以降、文化はすべてごみ屑となった」とまで言ってるらしく、そこまで言われると「こいつは頭がおかしいんだろうなあ」としか思わないんですけど、同時代の人や何らかの価値観を共有している人にしかわからない切迫感や意味性みたいなものもあるらしくて、そうした部分にはちゃんと解説が入るので「ふーん、そういうものなのかなー」と理解できるんですよね。
たとえば『ホロコーストのような出来事がおこったあとでは、詩を書くことに象徴される文化的営みは、その意味を根本から問いなおされざるをえないのではないか。とりあえず、私はアドルノの言葉をそのように理解しています。』と本書では言っている(他にも色々言っているからただの抜粋だが)。アドルノの書いたものなんて一つも読んでいないし、前提知識が何もないからそう言うんだったらそうなのかもしれないなあと思う。まあ全体的にこんな感じですね。アドルノの言っていることすげー、ホルクハイマーすげー、ハーバーマスすげーと言っていることに素直に感心できればいいけれど、出来なくても「確かにこういう思想が必要とされ、受け入れられてきた(そしていまも受け入れられている)のだな」というところだけでも押さえるとなかなか勉強になります。
個人的に面白かったのはフロムがフロイト的な精神分析の立場を組み込むことでマルクスの思想が新たな可能性を獲得する! という主張したあたりの解説かな。フロイトもマルクスもどちらも読んでいるけど「面白いことをいうキチガイだな」ぐらいの感想しかなくて、キチガイの魔合体みたいなことをようやるなあと面白かった。マルクスが主張する経済的な状況(下部構造)が人間の意識や文化(上部構造)を規定するというその「規定」をどうするのかという部分を(マルクスはそこについてなんにも語ってないから)フロイトの精神分析モデルでなんとかしようという発想なんですよね。当時はきっと「すごい考え方だ!」と受け入れられたんだろうな。
考えてみれば全然こいつらの言っていることは意味がわからねえと思いながら哲学者達の本を読んでいた当時欠けていたのは「こいつらが出てきた時には精神分析とかそういう発想がまったくなかったんだな」という視点なんですよね。だから真に革新的だった部分はすでに現代に蔓延してしまっているし(カントが言っていた国連みたいな)、ある意味では現実で実現され検証され良い部分と悪い部分はスッキリわかりやすくなってしまっている。思想もまた歴史を縦だったり横だったりで繋げたりつっついたりの流れの中で出てくるものだから、個々の点をばらばらと読んでいるだけでは同時代の感覚はわかりづらいところがある。どうしたって同時代を共有していないわけだし。こうやって「フランクフルト学派」みたいにしてひとまとめにしてもらうことで、わかりやすくなるものがあるなと。
同時代を生きてきた人間の相互作用がいかにして波紋を広げつながっていくのかといった「時代の空気」が反映されている良い本だと思いました。
フランクフルト学派 -ホルクハイマー、アドルノから21世紀の「批判理論」へ (中公新書)
- 作者: 細見和之
- 出版社/メーカー: 中央公論新社
- 発売日: 2014/10/24
- メディア: 新書
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