基本読書

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未来探偵アドのネジれた事件簿: タイムパラドクスイリ (新潮文庫) by 森川智喜

タイムパラドクス × 推理 = タイムパラドクス入り
     TIME PARADOX times DETECTIVE
    equals the entrance into TIME PARADOX

時空を飛び越え事件を解決するミステリはこれまでいくつも出てきたがここまで軽快に、簡単に時空転移、タイム・トラベルとその矛盾を扱った作品があっただろうか。もちろんかつてあったかどうか、そんなことは知らないし、調べるつもりもないが((乾くるみさんに東野圭吾さんに最近だと法月綸太郎さんのノックス・マシンなど読んでるものだけでもけっこうあるから本書以上に軽快なやつがあってもおかしくないなあ))本書はゆるいタイム・トラベルミステリで大変面白かった。けらけら笑いながら、ミカンでも食べてコタツに入って読んでいるとあっという間に読み終えてしまうのだが、ゆる〜く設定されたタイム・トラベルと、しかしそのゆるさを最大限活用された構成の妙が冴え渡り、読了時の満足度は高い。うーん、いいものを読んだぞ、とすっきりして次の日に向かえるような、爽快な作品だ。

本書のあらすじは文字にしてしまえば簡単なものだ。益井探偵事務所に訪れた芽原アド(男・携帯式時間移動装置タマテバコを使って探偵活動を行う。224X年からやってきて、現代201X年の益井探偵事務所にもぐりこみ現代体験中」。)と、元々のドンだった益井丸太(20歳)が、そのタイム・トラベル技術を使って持ち込まれる依頼をぽんぽんと解決していく──まあいってみればそれだけの話。それだけの話とはいっても、依頼の解決には大抵の場合タマテバコで時間を飛び越えていくので、世間一般的な推理モノとは大きく異なってくる。

たとえば犬がいなくなった。探して欲しいと依頼がくれば、何時にどこで脱走したのかを聞き出して、すぐにその時間にタイム・トラベルして、逃げ出した犬を捕まえ、現代に戻り、はい捕まえてきましたよと渡せばいい。何か大切な宝石かなんかが盗まれたと聞けばやっぱりその時間に張り込みをかける。ちょっとややこしい事件だったりすると未来の自分たちが過去にやってきて「事件の真相はこんなかんじだったよ」と教えてくれるので、それをそのまま活かせばイイ。なんとも葛藤のない探偵業であり、難しいところがなんにもない。いやあいいなあ、僕もこんな探偵事務所でだらだらお菓子でも食べながら働きたいよ。

矛盾はどこへ消えた。

難しいところがなんにもないと言っても、それ、タイムパラドクスが起こりまくるんじゃないの? と思うところだ。たとえば過去にいって自分を産む前の親を殺したらどうなるんだろう? 親を殺すんだから当然自分は産まれてこない。じゃあ今ここにいる自分はどうなるんじゃい? とまあその解説に入る前に前提知識を共有しておくと、タイム・トラベル物には大雑把にいって二種類ある。過去に起こった出来事を変えると確定していたはずの未来も変更を受けてしまう、一本道因果連動型。そして過去の出来事を変えてこれまでの歴史とズレるたびに新しい世界線が創造され、元々の宇宙とは全く別個の宇宙がもう一個できてしまうようなパラレルワールド化型だ。

ダメ人間のび太を教育しにきたドラえもんや、未来に起こる戦争の結果を変えるために未来からやってくるターミネーターなどは前者だ。過去を変えることで未来も変わるわけだからね。そして本書もこの一本道因果連動型になる。で、本書はこうした過去を改変して未来が変わるか否かを「因果ボテンシャル」という言葉で説明し、判定している。これがいっぱいたまっていると『変更を適用でき』、たまっていないと『変更を適用できない』ということになる。

適用できた場合は、結果が適用されその都合に合わない事象は強引に改変される。さっきの例えで言えば、因果ボテンシャルがたまっていれば、自分の両親を殺したりもできる。しかしその瞬間に自分という存在は掻き消えてしまうだろう、というわけ。物凄く大きな変動を起こすには因果ボテンシャルも相当貯めなければいけないからタイム・パトロールが検知するが、多少のこそ泥じみた変更なら検知されない、まあその程度にとらえておけばいいだろう。

作中でもそう説明がたくさんあるわけでもなく、「まあなんか矛盾があろうがなかろうがそういうものだよ。だって世界は現にこうしてここにちゃんと成立しているわけだし?」という感じでさらっと流されていくので、たいして気にしなくても問題はない。

時空書き換え大戦

本書ではこうした「本来の時間の流れでは起こらなかった事象」が起こり、未来が変化することを「──因果相転移、発生── 【理由】〜〜」のフォーマットで注記してくれる。その瞬間からそれまでの物語は姿を消し、また別パターンの世界が現れることになる。その場合登場人物たちはみな、「微妙に異なるルートを再演している自分たち」を知らない。が、それはそもそも「そういうものだ」という世界観なので、未来の方たち(何人かいる)は平然と受け入れている。まあ、そういうもんだといえばそういうもんなのかもしれない。こうした因果相転移は、犯罪者が逃げるようなあくどいことに使われることもあるし、タイム・パトロールが犯人っぽいやつを尋問して、吐いたらOK、吐かなかったら過去に戻ってなかったコトにするみたいな正義っぽいあくどいことにも使われることもあり、ようは用途は無数である。

こうした要素は読者に、メタ的な面白さ、効果を与えていると思う。たとえば犯罪者が自分の身の安全の為に使えば、「志村うしろー!!」的な気分を抱えながら登場人物たちを見守ることになる。犯罪者はまんまと自分に都合の悪い過去を改変し、自分の都合の良いように未来を構築して、しかし主軸として設定されている人物たちはそんなことを知らないから普通に過ごしている。「あ、あーーー!!」と思いながら読み進めるが、主人公たちもこうした改変が行えるので、お互いに過去と未来を書き換えあう書き換え合戦じみてくる。書き換えが起こった時点で書き換えた側もその事実を忘れてしまうのでまさに読者だけが、そうした書き換え大戦の全貌、書き換えられていく時間軸そのものを把握できるのだ。神になったようなもので、これは気分がいい。

もちろんそうした構造的な面白さだけではなく、あくまでもコミカルに、誰もが気軽にタイム・トラベルして因果を書き換え物を盗んだり犬をとってきたり張り込みをしたりする、無茶苦茶な事件解決法を読んでいくだけでも十分に面白い。「それ、ワンパターンですぐに飽きるんじゃないの」と不安に思うが、因果相転移を話に組み込んでややこしくしたり、あるいは謎はあっという間に解けてもそれを雇い主にどう伝えようかと悩んだり、様々な利害関係を把握してしまったばっかりにどうするのが全体幸福につながるのかと余計な苦労を背負い込んだりとパターンも豊富だ。

ひとこと結論

最初に書いたように、総じて満足度の高い一冊。

未来探偵アドのネジれた事件簿: タイムパラドクスイリ (新潮文庫)

未来探偵アドのネジれた事件簿: タイムパラドクスイリ (新潮文庫)