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エネルギー問題入門―カリフォルニア大学バークレー校特別講義 by リチャード・A.ムラー

これは素晴らしかったなあ。タイトルこそエネルギー問題入門だが、原題はEnergy for Future Presidents で、一貫して「これを聞いているあなたが将来米国Presidentになった時どうしたらいいか」という問いかけによって進行していく。著者はUCバークレー物理学教授であり、同時に米国エネルギー省顧問であるから、自然とそういう発想も出てくるのだろう。

大統領になった時に必要とされる知識

大統領になった時に必要とされるのはどんな知識だろう? エネルギーの細かい定義について学ぶ必要はない。大切なのはエネルギーについて何が重要なのかを知ること、そしてそれに関する数字を学ぶことだ。例えば太陽光には1平方キロメートルあたり1ギガワットのエネルギーがある。カリフォルニア全体で使う電力は40ギガワットだ。もちろん太陽光に存在しているエネルギーをすべて変換できるわけではないとはいえ、こうした試算がぱっと出来て、必要な面積はどれぐらいか、はたしてそれは現実的な数字なのかを計算することができれば、簡単には騙されなくなる。とても有用なことはいうまでもないだろう。

こうやって「そもそもエネルギーとはなにか」のような部分から解説してくれる物理学教授が、地球温暖化への影響や持続可能性、技術的な今後の展望などもふまえて各エネルギー源の問題点と利点をコスト含め整理してくれると全体を見通すのに大変役に立つ。たとえば原子力系の専門家だったり、自然エネルギー系(の中でも風力でも太陽光でも)の専門家でも、それぞれの立場で重視するものも知識量も絶対的に変わってきてしまうものだから。今までいろいろエネルギー関連の本を読んできたが、その中でもその広さと検討の深さからいって選ぶならこの一冊になるだろう。

基本的には池上彰さんのように、やることは基礎的な情報の提供であり判断ではないというスタンスだが、著者自身の意見も当然反映されている。その意見・主張の部分を大雑把に要約してしまえば、「これからは天然ガスの時代です」ということになる。ガソリンや石油のエネルギーは、天然ガスの2.5倍〜5倍のコストがかかるし、天然ガスは豊富に存在するからだ。ただし風力、太陽、原子力もやり方次第では可能性がある。本書のほとんどは今要約した意見部分の検証・検討で、なぜ天然ガスの時代なのか、風力や太陽、原子力の何が問題で、どのような点が有望なのかをみていく。

どのように語られていくのは目次を参照くださいませ。まず冒頭では福島原発事故やメキシコ湾原油流出事故のような近年起こったエネルギー災害をとりあげ、こうして今まさに起こっている事故はエネルギー政策上転換を必要とするものか? と問いかけていく。結論としては、これらエネルギー災害は当初多くの人が思っていたほどの壊滅的大惨事ではなく、エネルギー政策の大きな転換を必要とするものではない。実際どちらの事故も報道は相当派手に、恐怖を煽るような形で行われ、福島の災害だって今まさに被害者からすれば続いている事象ではあるものの、放射能汚染による死者推定は恐らく100人を下回る規模だろうとみられている。

▼目次 第1部 エネルギー災害 第1章 福島原発事故 第2章 メキシコ湾原油流出事故 第3章 地球温暖化と気候変動 第2部 エネルギー景観第4章 天然ガス・思わぬ儲けもの 第5章 液体エネルギー安全保障 第6章 シェールオイル 第7章 エネルギー生産性 第3部 代替エネルギー 第8章 太陽電池の急成長 第9章 風力 第10章 エネルギー貯蔵 第11章 原子力開発の急発展 第12章 核融合 第13章 バイオ燃料 第14章 合成燃料とハイテク化石燃料 第15章 代替エネルギーのそのまた代替案 第16章 電気自動車 第17章 天然ガス自動車 第18章 燃料電池 第19章 クリーンな石炭 第4部 エネルギーとは何か 第5部 未来の指導者へのアドバイス

もちろんそんな事故が何度も起こるかもしれないから問題として捉えられているのだが──テロの危険や核廃棄物貯蔵だって問題だし……とすぐに反論もあがってくるだろう。それも後の章で丁寧に検証されていく。たとえば原子炉は核物理学の博士号を持つテロリストが原子炉を完全に制御下においても爆発させるのは不可能であるし、核廃棄物貯蔵については技術的に解決済みの問題であって、真に今問題となっているのは公共認識と政治的駆け引きであるなどなど。

原発関連の論点整理についてはおおむね同意だが(仕組み上どうあっても核爆発はしないし、ウラニウムは枯渇しないし、今回福島で起こったような冷却システムが動かなくなるような事故も最新型ではそうそう起こらない)核廃棄物のところだけは情報が落とされ楽観的になりすぎているようにも感じた。まあ、個人的には日本では心理的な問題で拡大は難しそうだなと思っているので日本だけで考えるのならあんまり意味もないかな。

風力

他には、将来やり方次第では有望とされていた風力はどうか? 風力最大の問題は風が吹いていないとただのカカシだという。いちばん風が強く吹く場所に建てようとしても、そうした場所は大抵人口密集地から離れている(海の上とか)。電力を供給するにはつまり最新の送電網が必要になる。送電線が長くなればエネルギーのロスは大きくなるが、このロスは電線が過熱することが原因で、送電線を太くすることで簡単に解決できる。ただやはり遠くなれば遠くなるほど敷設コストがかかるし、特に効率の良い洋上に建設しようと思ったら通常時の2倍以上のコストになってしまう(低コスト1キロワット時あたりただの風力8.1セント、洋上風力18.7セント)。いずれ設備が整ってくることで伸びてくるだろうが、今はまだそこまで重要視されるエネルギー源ではない。

天然ガス

堆積岩の一種であるシェールに閉じ込められた大量の天然ガスが、技術的な発展によって利用可能になった。膨大に存在して、効率もいい(ガソリンより体積が3倍近かったりと問題もある)ときたらこれを使わない理由はない。米国は現在、最大手の電力会社のいくつかが石炭発電所を天然ガスの発電所に転換し、ガソリンで走る自動車は猿人をそのままにして天然ガスを使えるように簡単に改造できるので、トラックやタクシーの運転手を中心に転換が進みつつある。

ただやはりエネルギー・インフラが巨大な米国でこうした転換を一気にできるわけでもない。あと石油マネーで生きている産油国は転換されたら死ぬわけだから、完全に効率が逆転してしまわないように原油を増産し低価格を推し進め石油を使わせようとする。エネルギーはどこの国にとっても死活問題だから(特にサウジアラビアとか石油が売れなくなったら破滅だ)こうした国家間の経済効率性をめぐったやりとりが天然ガスへの転換を押しとどめている部分もある*1

投資価値のない物はどれか

さて、他にも太陽光発電、燃料電池、バイオ燃料など将来有望なエネルギー源はいくつかあるが、本書が面白いのは問題解決の可能性が低いものもきちんと検討しているところだ。具体的には水素経済(水素は分解して取り出さなきゃいけないけどそれが恐ろしく効率が悪いから)、完全電気自動車(電池が実用レベルにない。技術的な見込みもなし)、コーンからつくるエタノール(コーン作るのにエネルギーがかかる)、太陽熱発電、地熱(太陽光の方が2500倍強い)、波力(波高くない。効率悪すぎ。)、メタンハイドレードなどなど。国家運営を考えた場合にすべてのエネルギー源にまんべんなく投資するなんて効率の悪いことができるはずもなく、「どれは本当に投資価値がないのか」まで見極めなければならないが、否定の為の素材が揃えてくれている。

まとめ

とにかくエネルギー問題というのはこうやって一通りみていくと大変厄介なことがわかる。原子力ひとつとっても大変な論争が巻き起こるし、いざ建てようとしても現地住民から反対されたりそもそも出資が集まらなかったりさんざんだ。天然ガスを使うといってもよーしつかうぞーといって明日から使えるものではないから環境を整備しなければいけないが、それでは困る人達が石油の値段を下げたりしてバランスをとってくる。

技術的な課題、現地住民との交渉も次々とクリアしていかなければいけないし、経済合理性がすぐに得られないが将来的に技術開発が必須な物は進めていくのも大変だ。環境への配慮も忘れるわけにはいかない。地球に優しいとか再生可能とかクリーンな、という耳障りのいい言葉にはすぐに騙されそうになるし、技術のことがわかっていなければ楽観主義バイアスに汚染されて正確な将来コストなどを見積もれなくなる可能性を常に抱えている。

それを無限ではない資金でやりくりしていかなければならないんだからPresidentは大変な仕事だ。絶対になりたくないが、こうした本を読んでその大変さの片鱗を感じるのは、国家運営シュミレーションゲームを疑似体験しているようで、なかなか面白い体験である。国家レベルのエネルギー戦略に必要な情報を読み、把握したところで市井の人々にできることは、ゴミのような候補者たちから少しでもマシなゴミを選ぶぐらいだろうが、こうしたまっとうな知識がないよりはあったほうがマシだ。デマも拡散させずに済む。マシな判断をする人間となって、全体の方向性についてエネルギーを加えられる人間になることもできる。

ちなみに『バークレー白熱教室講義録 文系のためのエネルギー入門』こっちも読んだけど、面白かった。文系のための〜の方が優しいかな。その分情報の密度としては本書の方が高いからどっちでもいいけど。

エネルギー問題入門―カリフォルニア大学バークレー校特別講義

エネルギー問題入門―カリフォルニア大学バークレー校特別講義

*1:完全に余談だがオーストラリアに留学していた時、やたらとサウジアラビア人がそこら中にいてお前らはなんでそんなにいっぱいいるんだ、だいたいおまえらはいったいなんのために着ているんだと聞いたら俺たちは石油マネーで政府から金をもらってきているんだとかなんとかナメたことを抜かしていたので「そんなに金が余ってしょうがないんだったら家事手伝いをするからおごってください」といって金をたかりまくった記憶がある。ほんとによくわからんが金を持っていたなあいつら。そして別に遊びにきていたわけでもないようで、なんか夜になるとおうちに帰りたいとかいってアホみたいなことをいって泣いていた(一緒に暮らしていた)