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宇宙が始まる前には何があったのか? by ローレンスクラウス

『宇宙が始まる前には何があったのか?』というのはこの世で最も刺激的な問いかけだ。誰しも親があって産まれてくるわけであって、親の前にはずいぶんさかのぼると猿が(たぶん)いて、猿の前には魚がいて、魚の前には地球があって、地球の前には宇宙があって、宇宙の前には……何があったんだろう、とどんな疑問も遡ればそこで止まる。現状ビッグバンによって宇宙が産まれ、さらに産まれた後現在までに何年が過ぎたのかは有効数字四桁の精度で判明している。百三十七億二千万歳だ。ところが誕生の瞬間はわかってもその前がどんな状況だったのかはわからない。

宇宙が始まる前には何があったのかというのは日本版のタイトルで原題は『A UNIERSE FROM NOTHING』。無から宇宙が産まれることが「どのような理屈でありえるのか」を説明していくのが本作の主な目的だ。本当の意味で「宇宙が始まる前に何があったのか」がわかるようになる本でないことは一応説明して置かなければならないだろう。結局のところ宇宙が無からはじまったとして、その物理法則が明らかになったとしても、「その物理法則は何によって定まったのか」という問いを避ける事は出来ない。問いに対して答えがあるとは限らない上に、どんどんさかのぼっていく問いの連続が永遠に向き終わらない玉ねぎの皮のようになっていない証拠もどこにもない。

タイトルについては、実は副題『WHY THERE IS SOMETHING RATHER THAN NOTHING』まで含めて中身を読むと宗教関連のタイトルだということがわかるのだが、個人的にはどうでもいい部分だったので割愛。著者についてや宗教についての話などは著者解説が記事でよめたのでそちらを参照宜しくお願いいたします。*1 

ようは「こんな宇宙を全部つくるなんて神じゃなきゃ無理でしょ。あと永遠の神を想定しないと疑問が無限に後退していくだけだから、神いるっしょ」的な発想にたいして「ばーーーーか、無から宇宙産まれるしばーーーーーーかっ」という意味(もっと誠実に語っているが)。ゆえにこそ次のように物理学者スティーヴン・ワインバーグの言葉を本書ではひいているのである。『科学は、神を信じることを不可能にするのではなく、神を信じないことを可能にするのである。』

さて……現代の宇宙物理学では、量子重力において宇宙は無から自発的に生じることができるどころか、不可避的に生じたということが現代ではこれまで得られた知識と照らしあわせて噛み合い始めている。空っぽの空間から何かが生じるには、空っぽの空間のエネルギーは常識では考えられない性質を持つという現象が必要であるが、それがミクロなスケールの世界を記述する量子力学なのである。

ミクロなスケールでは、なにもないところから仮想粒子(測定不能なほど短時間に出現しては消える粒子のこと)が生成され対消滅を繰り返している。量子力学の法則から生じたわずかな密度ゆらぎはエネルギーを持つことにつながり、一般相対性理論によればエネルギーを持つ空間は指数関数的に膨張し、きわめて小さな初期空間は今日観測可能な宇宙へと広がる可能性を持っているのである。

途方も無い話であるし、説明を大幅に省いているからさっぱりわけがわからないと思うのでもう少し身近な話で途方もなさを説明してみよう。宇宙の膨張がどんどん加速していることを知っている人は多いと思う。しかしいずれそれが光速を突破すると聞いた時に、誰もがまず思うのは「ええ? アインシュタインの特殊相対性理論が正しければ、光より早く動けるものはないんじゃなかったのですか??」ということだろう。全然破綻しているような気がする。だが特殊相対性理論が言っているのは「光の速度よりも大きな速度で空間の中を進むことはできない」であって「空間そのものは」その制限が課されていないのである。

よって空間自体は光速を超えて膨張する。その空間の中は無理だとしても。なんだそりゃ、と思うかもしれない。この考えをさらに推し進めていくといずれ宇宙の膨張が加速し光速を超えたら我々の目にはもう星の光は届かないことになる。こちらに光が届くよりも早く遠ざかっていくからである。我々の銀河系が属する銀河は重力の働きでひとまとまりになっているため、宇宙の膨張によってお互いに遠ざかることはない。しかしすぐ外側にある銀河たちは、光速で後退する地点に到達するまで千五百億年ほどかかる試算が出ている。

まあなんとも壮大な話ではないか。あと2兆年もすれば周辺にあるひとまとまりになった局部銀河団をのぞいてすべての天体が姿を消すのだという。2兆年、と言われても2000億年との違いが具体的な実感として湧いてくるものでもない。だが生きていられない年数だとかそんなレベルを超越した途方も無い未来の出来事が算出できるのは誠に素晴らしいし愉しいなと思う。人間が2兆年先にどうなっているかなんてわかるはずもないが宇宙の運動については予測できるのである。

『科学はただ、宇宙を受け入れるために常識が見直すようわれわれに迫るのであって、常識を通すために、宇宙の見直しを迫ったりはしないのである。』とは本書の言葉。極小の世界の振る舞いには常識に反することがいくらでもおこる(何もない空間に粒子が産まれては対消滅していくこととか)。この世界の成り立ちを知って、しかもそれが「ぐるっと常識を回転させる」ようなものだった時の興奮というのは、たんなる読み手にとっても途方もない楽しみである。自分のいる世界のルールを知ることになるのだから。

宇宙が始まる前には何があったのか?

宇宙が始まる前には何があったのか?