基本読書

基本的に読書のこととか書く日記ブログです。

Afrofuturism: The World of Black Sci-Fi and Fantasy Culture by YtashaL.Womack

Afrofuturismという言葉があるらしい。知っているだろうか。Afroは髪型のアフロをさしているわけではなく、この場合アフリカ系の、という意味だ。Afro-Americanであるならばアフリカ系アメリカ人、というわけだ。本書の言葉を借りるなら「一般的にいってAfrofuturismとはブラックカルチャーのレンズを通してみた想像可能な未来のことである。」ということになる。

アフリカに限定したものではなく、どちらかといえば多民族的な、価値観を反映させた未来、ファンタジー世界を考えることで未来を想像することそのものの観点のことだ。またややこしい観念であって、日本のセカイ系みたいな一部の胡散臭い批評家が盛り上がっている造語なんじゃないの、とうたぐりながら読み始めたのだけど、思っていた上に関わっている範囲も、人も多い。

で、驚いたんだけどAfrofuturismの専門家とかがいるんだよね(もちろん著者もそうだけど、大学でちゃんと研究している人という意味)。なんとも日本にいるとあまり強く意識されることはないけれど(日本だって単一民族国家じゃないから軋轢はいくらでもあるんだけどさ)、こうして本で一冊がっつりと様々な角度から問題をじっくりと捉えていくと、人種間の溝は未だに根深いのだと再認識させられる。

ついでに著者であるYtashaL.Womackの経歴もざっと紹介しておこう。著述家であり映像作家でありダンサーでありFuturistであるという黒人の女性。公式サイトをみてもこれ以上の情報は何の大学を卒業したかなどしか書いてなくて素性が実際問題よくわからない人だ。⇒Author 

で、Afrofuturismがどうしたの? といえば、内容としては音楽、フェミニストサイエンス・フィクション、それからエイリアンのアブダクションが奴隷制度のメタファーだと語ってみたり、タイムトラベルについてなど、どれもblackやアフリカ系の観点から「どんなAfrofuturismがあるのか」という紹介をしていく一冊になっている。*1映画でいえば多民族共同体を書いたマトリックスのような作品、音楽で言えばサン・ラのアフリカの民族音楽? ものだ。

別に告発的な調子もなく、未来をもっと多民族的な視点で捉えてみようよ、西洋一辺倒じゃなくてさ、という提案の趣きが強い。そうやって未来を想像して、多民族がいることが「普通」の未来を当たり前にしていくことが現在から先へとつながっていくんだからと。言われてみれば未来の物語でも、殆どの場合出てくるのは白人系ばかりで、多民族の視点が得られる物語って比率からいえばそう多くはない(ウィルスミスが一人奮闘しているけど笑)。

ファンタジーでも妖精はほとんどの場合ティンカーベルのような愛らしく真っ白で清楚な感じで描かれる。あまり意識しないまでも自然と「人種の選択」をしてしまっているところもあるわけだ。なぜならそれが「あたりまえ」になってしまっているし、それ以外の「あたりまえ」が我々の視界にあまり入ってくることもないから。たとえばアフリカ発の技術、科学的発見ってほとんど聞いたことがない。アフリカにだって研究者、技術者はいるはずなのに、研究者でもない人の目にはそうした存在はあまり目に入ってこない、そうすると「いない」ことになってしまいかねない。

目に入ってくるものといえばなんだか汚い砂漠だったり常に紛争しているようなニュースだったりで、あまりいい印象もないときたものだ。たかだかテレビのニュースから伝わってくる情報なんてものは、印象がNegativeかPositiveかのどちらかに収束してしまうもので、知らず知らずのうちに世界はそうしたステレオタイプでこりかたまっていってしまうと著者はいう。

まあそれはそうだよね。あんだけ常にフェミニストが燃え上がっているアメリカだってまだまだ女性の権利が完全だとはいえないんだから。ある種の先入観といったやつは、それがあること自体意識に上らないことがほとんどなので対処も難しい。それをまずは「クリエイティブな領域から潜在意識を変えることで」対応しようというのは、考え方として面白いと思った。

The imagination is a tool of resistance.Creating stories with people of color in the future defies the norm. With the power of technorogy and emerging freedoms, black artists have more control over their image than ever before.

Afrofuturism的な観点から創られたSFや音楽といった文化で興味深いのはやはり神秘主義的な部分とテクノロジーが別々の物として存在しているのではなく、融合したものとして書かれていくところだろう。技術や人間性といったテーマが太陽と、月と、星々と、儀式とがすべて並列に語られ結合されていく。魔術信仰と科学が同時進行するというのはぱっと聞くと違和感があるかもしれない。

が、世界はもともとそのような混沌だったのであって、今もそうなのだともいえる。世界が高校の教科書にあるように「正しく」把握されるのが正しいとは誰も保証することはできないだろう。デカルトの発想もガリレオの発見もすべて当時の錬金術やら間違った医療やら宗教観の中で産まれてきたもので、それらがいかにして彼らの発想に影響を与えたか誰にもわからないのだから。

具体的な作品名とそのあらすじや特色をあげていくだけ、といった側面が強いので本としてそれまで評価が高いわけではないのだけど、まあ概念の一つとして抑えておくぶんにはなかなか面白い本だ。なにしろ類書なんてほとんど存在しないわけだし。以下にはついでなのでAfrofuturismな観点を多少なりとも反映している作品をいくつかあげてみよう。

ヨハネスブルグ出身のライターが書いたSF小説ZOO CITY 【ズー シティ】 by ローレン・ビュークス - 基本読書 ではそういえば主人公は能力持ちになってしまった女性なのだが、その能力は絶対動物とワンセットになっているというアニミズムのような思想が混入されている。この作品のごみごみと技術とか魔術信仰がごちゃまぜに語られているのは確かに面白さのひとつだった。

イランで紙とペンだけで誰も想像もしたことがなかった研究をしていることが事件の発端になる作品もある⇒オービタル・クラウド by 藤井太洋 - 基本読書 たんに南アフリカを舞台にした、というのであればこれは凄い。『ヨハネスブルグの天使たち (Jコレクション)』 - 基本読書 もある。

Afrofuturism: The World of Black Sci-Fi and Fantasy Culture

Afrofuturism: The World of Black Sci-Fi and Fantasy Culture

*1:エイリアンのアブダクションが奴隷制度のメタファーってのはしかし驚く解釈だ。あんまり納得いっていないけど