基本読書

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非線形科学 同期する世界 (集英社新書) by 蔵本由紀

 「同期」をテーマに据えた一冊。宇宙から人体、ホタルから橋まで、同期というテーマで世の中をみていくとまとまりがなさすぎて何がなんだかよくわからなくなってくる。しかしその複雑さ、一見して関連のないところに関連をみいだし世界すべてを複雑なまま理解しようとする試みが、分析を重ね世界の基本原理を細切れにして統合する科学館を一変させてくれる。

 コオロギは夏の夜にいっせいに唱和するし、魚の群れは統一のとれた運動をとる。拍手は最初ばらばらだったのが自然とあわさってくるし、人間の肉体も心臓に組み込まれたペースメーカー細胞が同時に発火していることで身体活動が保たれている。橋の上を歩く人間が、いつのまにか歩調を同期させてしまったせいで橋が大きな揺れを起こす事例もある。

 なぜ「同期」するのか? どうやって「同期」しているのか? どんなメカニズムがあって、どのように成し遂げられているのか? どんな時には同期して、どんな時には同期しないのか? 疑問が次々と湧いてくるが、そのほとんどには未だ解が与えられていない。未だに未知の分野であり、本書はその理解のために基本的な知識と事例をわくわくさせながら教えてくれる良書だ。

 同期現象についてはあまりにもジャンルがバラバラすぎて、生物学者、物理学者、数学者、天文学者、工学者、社会学者とそれぞれがそれぞれの研究分野でそれぞれの研究をしていた。それが近年一つにまとまりはじめたのだという。著者の蔵本由紀さんはこの現象に関しての世界的権威であるという。同様に同期現象を扱った科学ノンフィクションである『SYNC なぜ自然はシンクロしたがるのか』でもアルバート・アインシュタイン、リチャード・ファインマン、ブライアン・ジョセフソンに並んで名前をあげられている(すげえ並びだな)。

 本書では先に書いたようなホタルの光が同期していく事象、橋の上を歩く人間の歩調が揃っていく事象、拍手が揃っていく事象、生体に存在するペースメーカー細胞などを通した生物学に見られる同期現象、と幅広く事例を紹介しながら、蔵本モデルと呼ばれる同期現象のモデルの理論説明も合間に挟んでいく。このモデルも複雑で線形現象として理解できないランダム事象を説明するにしてはけっこう簡単なもので、わかりやすい。

 元になっているのは平均場という考え方で、これは現実をかなり理想化した考え方だ。たとえば全体の動きが個々の動きによって左右されるのだが、その全体の動きがまた個々の動きにフィードバックする個と場の相互フィードバック状況のこと。蔵本モデルは説明されると「はあ、わりと簡単なことだなあ」とその凄さをスルーしてしまいそうになる。「わかりやすい」から事象事態がわかりやすいわけではなく、複雑怪奇な事象を「誰にでもわかる形」にまで落とし込んでいるのだからその「わかりやすさ」はめちゃくちゃ凄い結果なのだ。

 円形の二次元空間に走者が二人いる状況をまず確定してみる。この二人が仲がよくおしゃべりでもしたいときは、二人は自分本来の速度を「ちょっと落とす」か「ちょっと早める」かして同期させることになる。ここの調整される速度をもっと専門的にいうと二人の走者が持っている角度に関する正弦関数の値に、速度調整の最大限度を決める「結合強度」を掛けて得られる量になる。

 互いに引き合うような相互作用なら、両者はできるだけ接近した状態で走り続ける。自然周期(走者の例でいえば走る速度)が完全に等しければ並走することになるし、ちょっとズレているのならそれに比例した距離にとどまる。これに先に書いた結合強度、自然周期、正弦関数を用いて集団同期現象が発生する数式に落とし込んだものが蔵本モデルである。何を言っているのかよくわからないと思うが(書いている僕自身よくわかってない)様々な状況が想定されるランダムな場から極々簡単な数式で秩序だった解が導き出されてくるので完全に理解できないにしても読んでいて面白さ、凄さはよくわかるのだ。

 同期現象はあらゆる場面でみられるもので、これだけばらばらの事象を統一的に理解しようとすることにそもそも意味があるのかと思いさえもするが、でもまさに容易には理解できないほど幅広い事象に関わっていて、わけがわからないこと自体が凄さの証であるのだと、普遍性を持った事象をあらゆる場面に適用してみせることで世界を複雑なまま理解できるのだと、本書を読んでようやくその一端に触れた気がする。

「分解し、総合する」一辺倒ではない科学のありかたが可能なことは、もっと広く知られてよいと思います。それは分解することによって見失われる貴重なものをいつくしむような科学です。ひとたび分解してしまえば、総合によって貴重なものを回復することはまず不可能だと心得るべきです。むしろ、複雑世界を複雑世界としてそのまま認めた上で、そこに潜む構造の数々を発見し、それらをていねいに調べていくことで、世界はどんなに豊かに見えてくることでしょうか。それによって活気づけられた知は、どれほど大きな価値を社会にもたらすことでしょう。今世紀の科学への最大の希望を、著者はこの方向に託しています。

 新書だが、飲み込もうと思ったらとても時間のかかる一冊だ。覚悟を決めて読むといい。