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天冥の標VIII ジャイアント・アークPART1 by 小川一水

 物語ことここに至ってもまだ勢いを失わず。思えば一巻を読んだ時から、僕の小川一水への信頼感は絶大で面白くてたまらないシリーズになることを微塵も疑ったことはなかった。小川一水のワンピース!!(全力を注ぎこんだ的な意味で)──天冥の標〈1〉―メニー・メニー・シープ - 基本読書 これがもう4年前のことになる。

 それがついに、あのわくわく感をむしろ超えた驚きと興奮をもたらしながら、ついにⅧまで到達することになったこの天冥の標シリーズ。シリーズ未読の人間への紹介文はすでに書いているので全ての力を尽くして天冥の標シリーズをオススメする - 基本読書 この記事では純粋に、ⅧPART1で面白かった部分を掘り下げていこう。

SFを読むときの想像力

 SFを読む時、人は普段使わない想像力を使うことになる。たとえば何千年も宇宙を旅して、種族そのものの生成と絶滅を何度もみていく生命体の視点で読んでく時。あるいは、人間とは全く異なる思考回路を持ち、それもやっぱり何百年という単位で意識を継続させ、分裂させる種族の思考を読んだ時。そして、個人の一生が血脈を辿って何百年もの時を超えて子孫に受け継がれていくのをみた時。

 個人の一生を書いていただけでは到底得ることのできない実感のようなものが、こうしたSFの中には織り込まれている。たとえば「人類の凄さ」みたいなものを端的に描く時に、SFほど都合のいいものはないだろう。まさに人類を過去から未来にまで延長して、宇宙にまで進出し広がっていく人類を書くことが出来るのだから。親も子も、受け継いでいった先を知っている読者達は、一部の人間達の中にはかつてはスカウト達、一巻時点ではエランカのように、この世界の可能性を信じて、それをできる限り引き出そうとした集団がいることを実感させられる。

 何千年も生きてきて、人間の視点からみれば万能のようにうつる存在でさえも、高いレベルでの苦悩があることがシリーズでは明かされてきた。彼らの視点からすれば人類種の争いなど茶番のようなものであり、まるで全体の帰趨を左右することのない狂騒に身を投じているように見えるだろう。一方で人類に奉仕することだけが目的として作られた存在は、人類史に残る事象が目の前で起こっていたとしてもなんら感慨の覚えない事象として記憶される。

 一巻の時必死に自分たちが信じる善に向かって革命を成し遂げようとしていた人間たちは、その裏で進行しているもっと大きな事象など知るよしもない。情報量がまったく違うのだ。今回こうしてⅧまで至り、ほとんどの経緯を把握した上で同じ事象をみていくと、まるで違った様相を呈してくる。一巻の時思っていた以上に陰謀まみれで、各勢力の思惑が複雑に交錯している。

 こうした人類視点に限らない、多種多様な時間スケール、世界認識をもった種族の思考、考え方、目的意識が多層的に展開していくのがこの天冥の標Ⅷの大きな魅力の一つだ。あらゆる視点、歴史を読者はゼロからたどり、ここまでたどりついたこの状況こそ、SFを読むときに発揮される想像力特有の面白さだろう。一巻と同じ現象をみながらも、当時は見えなかった情景が、より多層的に、それぞれの種族に感情をこめて、何倍もの情報量をもって見渡せるようになったのだから。

以下TIPS

セレスの現状について

・ハニカムがセレスにくっついている。メニーメニーシープは北極側の地下空間を広げつつ拡大を続けている。セレスの中心核にはドロテアが存在している。これはロケット噴射を行っている。つまりは七巻で起こった重力異常は、このドロテアによる加速のせいだったのだろう。セレスはたぶんカルミアンの母星に向かっており(距離は二千年ぐらい?)そこでクラフト達を治癒するのが目的の可能性がある。

・星自体を巨大な宇宙船にしてしまうという宇宙船地球号を地でいく超展開。実際にはⅦ巻の時点でほぼほぼ予測ができていたことではあるが、動力がドロテアであることが明かされ「ドロテア凄すぎるだろ」に拍車がかかる。あと結局セレスに住んでいる人達は偽の歴史を信じこんでしまっているわけではあるが、この「世界認識の有無」によって緊急度がガラッと変わってしまうのが面白い。一巻の時のセレスと八巻で読んでいるセレスとでは起こっていることは全く同じでも緊急度は跳ね上がっている。

入り乱れる勢力図

・ノルルスカイン、ミスチフ、カルミアン、残存人類(+地球人類?)、プラクティス、アンチオックス、AIと機械、恋人たちと勢力が出揃った感がある。そして勢力が出揃った後は、同盟が始まる。それぞれの種族の目的は「生き延びること」だったり「拡散すること」「寄り集まること」だったりと様々だ。

・この中でもっとも弱い存在である人類がキイになっているのが興味深いところ。ミスチフはカヨに潜み、同じく800年近くの人生を過ごしたフェオドールはあいも変わらず主人に仕えている。残存人類はひとまずカルミアンと手を組み、ノルルスカインは相変わらず何がしたいのかよくわからない。

・現状人類側にとっては「真の敵」すらなんなのかもよくわかっていない。当然ながら相手の思惑、相手の望みさえも理解できていないし、それはカルミアンも同じである。そういう「お互いがお互いの持っている情報を読み合いながら行われるかけひき」ってたまらない。本作は特にこの情報の探りあいが重要な回だった。

途絶えるもの

・複数の世界認識を持つ者達が入り乱れているのが本作の最大の魅力の一つだと書いた。たとえばフェオドールは790年もの間セアキ一族に使えてきて、その過程を読者はみな知っている。ダダーのノルルスカインがどういう道筋でここまで辿り着いたのかも知っている。セアキ家の名前の元ネタが児玉にあることも、我々は知っている。ダダーのノルルスカインも知っている。だが、知っている存在はそれだけだ。『「すまない。訂正しよう。カドムの名前の由来について誰かに聞くことは、もうできなくなった」』『「意味がわからないわ」』

・そう、イサリには意味がわからない。ただし読者とノルルスカインには理解することが出来る。知識が違えば見えてくるものもまた異なる。目的意識が違う、生きる時間が違えば感じ方もまた異なる。人類に一定数、勇敢な決断がくだせるものが現れる反面、こうやって途絶えていくものもまたあるのだろう。こうした感傷を発揮するギミックは当然ながらこれ一つではなく、あらゆる場面で「人類史を描くってことはこういうことなんだよ!」「異なる寿命、異なる目的意識、異なる知性を持つ間のズレはこういうものだ!」と描写していくので面白くて仕方がない。

常識の崩壊

・面白かったのが、歴史を忘れ数万人規模にまで人類種が激減した結果「なにが失われたのか」という描写だ。七巻では、状況が必死すぎて「なにもかもだよ!!」という他なかったが、いよいよ復興し安定期に入った後長い時間で何が最終的に失われたのかという本作の描写が興味深かった。受け継がれるものも当然あった。医療を養えだとか、楽器だとか、踊りだとか。

・だが楽器は継承され、発明すらされたが、修理は難しかった。複雑な楽器は失われていく。そしておどろくべきことに、本当の意味では再現されなかったものの筆頭として「科学」があげられている。科学とは結局のところ再現性を軸に同じ実験を何度も何度も繰り返し同じ結果が出ることを確認することで「限りなく本当っぽい仮説」をつみあげていく確認プロセスのことだ。こうした手法自体を蓄積させてきた人間がいなかった。

・確かに子供ばかりなので手法自体を本当に自分の物としていた人間はいなかったかもしれないが、かといってそれだけで失われるようなものだろうかと疑問に思う。たぶん手法自体が失われたというよりかは、それを発揮させる土壌が失われてしまったのだろう。検証し広報し確度を高めていく余裕は一切なかっただろうから。ゴリ押しするしかなかったはずだ。

・次に面白いのが「法と政体」がなくなってしまったとしていることだ。これも地球的な観点から考えると「え、なんで?」と思うかもしれないが、元々子供たちの多くが商業的な先生都市国家で生まれ育った人間であるが為に、平和と秩序は両親の金によって保険の形で与えられるものだった。自由地帯というか、民主的なプロセスを一切踏まないで各々が好き勝手に自身のリスクコントロールをする小社会にはそれはそれで崩壊した時のリスクが有るということだろう。

・架空の社会が架空の崩壊を経て架空の再建を果たしているのだからそこには想像もつかないことが起こって欲しいという欲望がある。本作の場合はそうした「特殊条件下にある人類の文明復興プロセス」として簡単にまとめられていて読み応えがあった。地震からの復活とかはそういえば『復活の地』でやっていたなー。

旅のラゴス

・ラゴス君、一巻の時は「フェロシアンには勝てない」とめちゃくちゃ思わせぶりなことだけを残して消えたくせに、七巻ではフェオドールにちゃんとした通信文を残すなど、なんか丁寧になっている。そりゃそうだよなあ、明らかに「それはコミュニケーション力不足だろ」と突っ込みたくなるような情報量の少なさだったから。

おわりに

 天冥の標は最初の話通りであれば十巻ぐらいで終わる物語のはずだ。PART付を巻数に含めないのだとしたら、今Ⅷなので残り3部作になる。たぶん、あと3年か、遅くても5年ぐらいで完結までこぎつけるだろう。第一巻が出たのが2009年なので、完結までは10年かからないだろう(希望的観測)。これだけ壮大な世界規模の物語が、10年かからずに受け取れるのだから小説というのは凄い(比較対象としては、アリスソフトのランスシリーズは25年かけてまだ10作出し終わってない)。

 冒頭の断章八十九にて、物語の全体の枠組みもまた明らかにされたように思う。いやはや、これまで語ってきたものから、さらに階層をあげてくるとはと読んでて変な笑いが出そうになったよ。ここまできたら、あとはもう信じて待つのみ。

天冥の標VIII ジャイアント・アークPART1 (ハヤカワ文庫JA)

天冥の標VIII ジャイアント・アークPART1 (ハヤカワ文庫JA)