基本読書

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イスラーム国の衝撃 (文春新書) by 池内恵

イスラム国関連の書籍をざっと4,5冊読んだが1冊選ぶとしたらこれだな。次点としてロレッタ・ナポリオーニの『イスラム国 テロリストが国家をつくる時』はイスラム国のメディア戦略とテクノロジー、あとは世界政治の中での立位置にページを割いていてまとまっているのが良かった。それに対して本書『イスラーム国の衝撃』はイスラム国(伸ばし棒うつのが面倒臭いから書名以外では省略する)イスラム国そのものの成り立ち、疑問点に思想と政治両面からフォーカスした内容でその分ぎゅっと詰まっていてわかりやすい。

今や日本人の脳内にもくっきりとその特異性が刻みつけられているイスラム国だが、ニュースをみているだけだと時間や文字数上の制約からどうしても「今まさに起こっている事象そのもの」に対してのあーだこーだに終始することになる。成り立ちから今後まで見通していく為には新書程度でもまとまった分量で読むのがいいだろうと思う。何しろ歴史的に見てもソーシャルメディアなどの現代技術を使いこなしメディアを効率的に使いながら自分たちを演出し経済的な基盤を早々に確立し領地を築き上げてきたテロリズム国家というのは特異なものであるからして。

イスラム国が起こしている一連の事件と歴史について、おおまかなことはこの一冊の中にまとめられている。いくつか一般的な疑問点をあげてそれに対しての解答を返すような形で簡単な紹介の代わりとしたい。この一ヶ月の行動をみているだけでもたとえば資金源はどうなっているのか。たとえばそもそもの最初の領地はどのように確保したのか。なぜ人質をとってその殺害映像を流すなど派手な演出を好むのかなどなど疑問はいくらでも湧いてくる。

成立過程について

たとえば、成立過程について。突然お空から降って来たわけでもなければ突然イスラム教徒が集まって国をつくったわけではない。そこにはやはり成立に至る経緯と、世界情勢上のタイミングが絡んでいる。「イスラム国」と呼ばれるようになったのは2014年6月のタイミングと最近のことだ。ここ数年の間に同組織は次々と呼び名を変えている。最初は「タウヒードとジハード集団」、「イラク・イスラム国(ISIS)を名乗るようになって、「イラクのアルカイダ」に吸収された。その後「イラク・イスラム国」に戻り、また別組織と合体し「イラク・レバントのイスラム国」に改称。そして最後に特に吸収・合併があったわけではないがカリフ制国家(だいたいスンニ派絶対宣言だと思えばいい)の建国宣言をする直前に「イスラム国」通称ISとなって知られるようになる。

名称以外の成立の経緯からいえば、わかりやすい起点はやはりアルカイダ組織がアメリカの対テロ戦争によって壊滅的な打撃を受けたところから始まるのだろう。アメリカにより壊滅的な打撃を受けたとはいっても、アルカイダも完全消滅するわけではなく分散し、各地でそれぞれの行動を起こすようになる。アルカイダが体現したような世界へ向けた聖戦、グローバル・ジハード思想の広まりによって個人や兄弟・親戚関係などのごくごく個人的なローン・ウルフ型のテロと呼ばれるものが台頭するのもこの時期である。

もちろんアルカイダの残党がいまのイスラム国を形つくっているという単純な話でもなく、思想的な面でアルカイダを受け継いだ各地のフランチャイズ店舗みたいな組織などが吸収合併を繰り返していくうちにイスラム国としてまとまっていくようになった、と強引にまとめるとそのあたりになるだろうか。もちろん各組織の名称・歴史なども簡潔に本書でまとめられているので参照されたし。

なぜあんな演出的に人質を殺害する動画を載せ続けるのか

人質をとるのはある程度は理解できる。活動資金のため、自分たちへ敵対行動をしてくる相手への威嚇のためなどなど。しかし殺害に至る一連の動作を映画的に撮影したり、良いカメラを使い鮮明な映像で相手を挑発することに意味などあるのだろうか。これについては著者はおもに言われている「米国をイラクとシリアでの戦闘に引き込む」ことと「米国を威嚇して介入を思い止まらせる」、どちらの目的も含まれていると書いている。ようはイラクとの戦争に米国を引きずり込めば、攻撃してくる相手に対する自衛のためと言い訳することでイスラム国はより正統性を高めることになる。同時に好き勝手空爆してくれやがってふざけんなよ殺すぞという威嚇行為としての映像でもあると。

そもそも土地はどうしたのか

国といっても領地がなければただの子供の遊びに過ぎない。逆に言えばイスラム国は領地を有しているからこそ国として特異性を持って衝撃を与えている。要因の一つはアラブの春(2010年から2年間ほど、アラブ世界において起こった大規模な民主化希望運動の一連の流れのこと)によって反政府活動組織がその動きを活発にさせ、中央政府に大きな揺らぎが発生したこと。それにより辺境地域に「統治されない空間」が出現・拡大してしまったこと。政情不安定にともなって国を超えてスンナ派とシーア派の宗派主義紛争が激化・拡大していったこと。

この「統治されない空間」にも当然住民はいるわけだけど、このイスラム国は何しろ金があるので(WSJによれば原油の輸出だけで一日200万ドル。相場によってかなり上下するからこの下落傾向の中だいぶ落ち込んでいる可能性もある。密輸というか、施設の武装占拠によって獲得したものだけれども)、さらに支配した地域では企業から税金をとって、道路を補修し食糧配給所をつくり電力の供給も行いとイスラム国が占領した地域の住民は村の状況が改善されたと証言しているらしい。長期的な領地の占領に必要な住民のコンセンサスというものをよくわかっているといえる。

構成員は誰なのか。どうやって集まっているのか

欧米人の参加していることもよくニュースになっているが、これはまあ宣伝活動の賜物でもあるのだろう。イスラム国の領土に関する基本計画は、スンニ派のムスリムにとって、ユダヤ人にとってのイスラエルとなることで、他のイスラム国家が不正や不平等、腐敗が横行し宗派の違いで争いが絶えないことから強烈なメッセージ性を持っているイスラム国になびく人間が集まってくる。またメディア向けの宣伝動画をいくつも投稿しているが、その中の一つにはエジプトをみろ、民主主義など存在しないとぶちあげてみたり、欧米を支配しているのは銀行だ、と民主主義否定の側面も持っている。こうした思想面に惹かれて集まってくる人間が多く、戦闘員といえども賃金は普通に働いたほうが割が良いぐらいのようだ。思想は金になるなあ。

新しい組織の形か

戦略的なメディア戦略、拠点の侵略、住民への取り込み政策、思想を煽ることで人員の結束を効率化させ、それから経済的な拠点の確保も意図が明確だ。どれをとってもいちいち効率的で演出的である。テレビで黒いマスクをした男たちの姿だけを観ていると単なるテロ組織以上の感想がなかなか湧いてこないが、実態はめっぽうしっかりしている。何よりこんなものが成立して「国」として認められてしまうなら、近代国家の概念は塗り替えられ今後の世界情勢にも大きく関与してくるだろう(もうとっくにしてるが)。いろんな意味で目を離せない現象である。

イスラーム国の衝撃 (文春新書)

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イスラム国 テロリストが国家をつくる時

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