二百万人のアメリカ人がイラクとアフガニスタンの戦争に派遣された。そしてそのうちの二十パーセントから三十パーセントにあたる人々が心的外傷後ストレス障害(PTSD)や外傷性脳損傷をおっている。戦争が起これば当然ながらそこでは戦闘行為が起こるわけで、人がいって銃を撃ったり撃たれたりすることになる。そして生き残れば家に戻り、場合によっては正常な日常へと回帰することの出来ない人もいるということだ。ドンパチやらかしてそれで終わり、というのではない。帰還兵の精神的な傷は戦争は終わった後も長く尾を引く問題である。
帰還兵のメンタル自体は、この二つの派兵よりずっと前から問題になっていたこともあるし、アメリカでも帰還兵へのメンタルケアプログラムが二百以上走っている。そしてこうした問題を調査に基づいて書くにあたってはだいたい2つのパターンに分けられる1.そうしたプログラムの実態を調査し、どのような効果があがっているのかを計量的にみていくこと。2.兵士一人一人の内面に入り込んでいって、「五十万人の精神的な障害を負った兵士達」ではなく「一人の戦争によって精神的な障害を負った兵士」をみていくこと。本書は後者にあたる。
だから本書ではケアプログラムについてや、戦争後の心的障害を「どうしたらいいか」についての知見はあまり得られたものではない。その代わりに、「戦争の後にはこういう人間が存在することになるのだ」というまざまざとした実態を見せつけられることになる。若くして戦争におもむき、戻ってきたのち常に自殺願望に苛まれる。日によっては戦場での戦死者以上に自殺者を生み出すことさえある。完全な治療策など存在せず、症状も人によってまちまちだ。何も言わずに自殺するパターンもあれば、家族に暴力をまき散らしながら社会の厄介者として排除されるようになるパターンもある。
「助けがどうしても必要だ」二年間、寝汗とパニック発作に苦しんだ兵士はこう言う。
「ひっきりなしに悪夢を見るし、怒りが爆発する。外に出るたびに、そこにいる全員が何をしているのか気になって仕方がない」と別の兵士は言う。
「家で襲撃を受けるんだ」別の兵士が言う。「家でくつろいでいると、イラク人が襲撃してくる。そういうふうに現れる。不気味な夢だよ」
「二年以上も経つのに、まだ夫はわたしを殴ってる」ある兵士の妻が言う。「髪が抜け落ちたわ。顔には噛まれた傷がある。土曜日に、お前は最低のクソ女だと怒鳴られた。夫が欲しがっていたテレビをわたしがみつけられなかったからよ」
こうして事例をみていくと「精神的な強さ」というのは、ひどく曖昧な概念だとよくわかる。戦争に行く前は「なにもかも冗談にして笑い飛ばすような」「いつも陽気で愉しい人だった」としても、そんなものはPTSDを患わない理由にもならない。悲惨な目にあってもピンピンしている人もいれば、まったく立ち直れないほどに崩壊してしまう人もいる。2013年8月のニューズウィークによれば、アメリカでは帰還兵の自殺が毎日18人にも上るという。
戦争とはここまで含めて戦争なのであるという、その単純な事実をまざまざと実感させてくれる一冊だ。まあ、それだけの本なのだが、それだけがなんとも重たい。
帰還兵はなぜ自殺するのか (亜紀書房翻訳ノンフィクション・シリーズ16)
- 作者: デイヴィッド・フィンケル,古屋美登里
- 出版社/メーカー: 亜紀書房
- 発売日: 2015/02/10
- メディア: 単行本
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