基本読書

基本的に読書のこととか書く日記ブログです。

病院は劇場だ――生と死を見つめた研修医の7日間 by バティスト ボーリュ

フランス人で研修医であった著者が、自分の病院での出来事をぼかしながらブログに書いていたものの書籍化。ワインでも飲みながら軽いエッセイでも読もうかなと思って買ってきたのだけれども、ぱらぱらとめくりながら病院で日々行われる人の生の営みについて知ることのできるなかなかに面白い一冊だ。人間誰しも死ぬわけだが、いきなりぽくっと死ぬわけではなく徐々に死んでいく。それもバリエーション豊かに。バクテリアに肺を侵食されて死んでいく人もいれば体中に水腫が出来、ぶくぶくとお化けみたいに身体が膨れ上がって死んでいく人もいる。

病院に勤めるというのは、その「徐々に弱っていく人間」を知ること──と簡単に総括できるわけでもなく、軽傷で喚きながらくる人間もいればチェーンソーで腕を切ってしまって壮絶な状態でくる人間もいて、夫婦揃って再起不能の病気に侵されベッドで横並びになりながらただ死を待っているだけの人々もいる──。まあ、いろいろな人間がいるということだ。著者も病院での勤務を続けながらこのように振り返っている。

 ぼくたちは患者からいろんなことを教えられる。ぼくたちが現在抱えている痛みや悩みを患者たちはずっと昔にすでに経験している。そういうことはとても多い。
 病人と医者の関係については、ついつい誤解しがちだ。間違った先入観が横行している。誰もが医者は患者のために存在していると思っている。確かに人によっては、それは正しい。でも多くの場合、間違っている。ぼくたちは患者の治療をするけれど、患者もぼくたちを治してくれるのだから。
 ぼくたちが患者を治療する時、ベッドに寝ている病人の熱は、炉の熱のような作用をする。ぼくたちの心の鉄を溶かしてくれて、この仕事に初めて就いた時の一途さを取り戻させてくれるのだ。病院は、誰もが何かを治してくいる場所だ。

めちゃくちゃ青臭い! 10年後に全くおんなじことを胸を張って言えるかどうかインタビューしてみたいもんだが、まあその時の実感としては正直なものなのだろう。病院は劇場だという書名がついていて、別にエンターテイメントでもなんでもないものの、起こっていることの多彩さという意味ではそれほど離れてはいない。生きたり、死んだり、泣いたり笑ったり喚いたり絶望したりするのである。病院じゃなくてもするわいと思うが、それがより効果的に、倍増して現れるのが病院という場所なのだろうと読んでいると思う。

病院だから人も死ぬが、それ以外のエピソードも多彩なのが面白いところかな。この手のものは(先入観として)すぐに末期がん患者の悲壮な決意とか、最後まで生きるのを諦めなかった感動ストーリー! とかいってお涙頂戴的に展開されてしまうイメージがあるが、明るい、笑わせようとするエピソードもまじえながらあえてそうした煽りを抑えている部分にも好感を持った。一つ一つは極小さなエピソード……たとえば死亡したと家族に伝えてしまったのに実はまだ脈があった! どうしよう!? と慌てた時の話や、倒れてしまった全盲で全聾の患者に自分が怪しいものではないとどうやって伝えたらいいのか慌てる医者のかたわら夫がきたらすぐにその存在を察知して「ああ、あなた!」と声をあげた話など(きっと歩き方とか匂いとかでわかるんでしょうね)小粒ながらどれもしっくりとくる話の連続だ。

これを読んで死生観が変りました! というような劇的な一冊ではないが(死生観ってだいたいそんな簡単にかわるもんかな)車で旅行中にドライブスルーに入ってちょっとやりとりをしてポテトでも買うぐらいの気軽さで、日々死んでいく自分と、それから周囲の人間というものについて考えてみるきっかけになる本だろう。誰しも生まれた時から死へと向かう旅路にいるのだから、たまにはちらっと考えてみるのも悪くはない(とかそれっぽいことをいいながらフェードアウト)。

病院は劇場だ――生と死を見つめた研修医の7日間 ((ハヤカワ・ノンフィクション))

病院は劇場だ――生と死を見つめた研修医の7日間 ((ハヤカワ・ノンフィクション))

  • 作者: バティストボーリュー,Baptiste Beaulieu,三本松里佳
  • 出版社/メーカー: 早川書房
  • 発売日: 2015/03/05
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)
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