基本読書

基本的に読書のこととか書く日記ブログです。

リライブ・クジラ・声優魂

さてさてそれでは2015年の3月を振り返っていこう。3月の僕の近況的にはHONZでの連載が始まりました、というのがいちばん大きいかな。冬木 糸一 - HONZ HONZはノンフィクション専門の書評サイトで(マンガHONZはマンガ専門)web書評としてはたぶん最大手のサイトだと思います。僕は基本他人の書評を読まないので(読むと書くことがなくなっちゃいそうだし)あまり読んでいなかったんですけど、当然認識はしていたので誘われたのをきっかけに参加しました。ずっと一人で書き続けてきたのでそういう場に参加するのも何やら面白そうでしたし。

執筆者の方、みんなばりばりのビジネス方面の方々だったり編集者の方々だったり、そもそもぼくが一人だけペンネームであったりと浮き上がっているような気がしますけどそのうち馴染むかと思うのでよろしくお願いします。今のところ5日と25日に書く予定。HONZに載せた物はそのうちブログに転載しますが(アーカイブとして)Twitterなど見ていただければHONZに書いた時は告知を流しますのでそっちでどうぞ。

あとSFマガジンcakes版で3月は『完璧な夏の日』について書いています。暴虐の世紀を生きた男たち――ラヴィ・ティドハー『完璧な夏の日』|SF BOOK SCOPE|冬木糸一|cakes(ケイクス)わりととりとめなく、時系列にも縛られずに話が展開していくのであらすじの説明が難しい。でもシーンの一つ一つが印象的で情景が浮かび上がってくる良い作品です。情景ばっかりは引用して語るわけには(SFマガジン連載とかだと)いかないのでブログでやってもいいかな。huyukiitoichi.hatenadiary.jp
さんざん宣伝を終えたところで3月に読んだ本について。月末は今月出る用のSFマガジン原稿をちまちまと書いていたのであんまり読めていませんが(今いったん寝かせて明日推敲)個人的には大当りの月、とにかく読む本読む本面白くてあれを読んでうひゃー! これを読んでうひゃー! と転げまわっているうちに終わってしまった。いやだってざっと今振り返ってみてるけど、この月に僕が書いた本がいかに傑作揃いかって話ですよ(僕の書いたものが傑作なのではなく本が)。

フィクションから

まずフィクションからいくけどもう今月書いたものについては全部ここでも紹介したいぐらいだけど、それじゃあ月まとめする意味もないので3つぐらいに絞りましょう。huyukiitoichi.hatenadiary.jp
まずはPSYCHO-PASS GENESIS のシリーズ開幕編。吉上亮さんによるPSYCHO-PASSスピンオフシリーズ。こんなこというとあれだけど、吉上亮さんのデビュー作パンツァークラウンフェイゼズはあんまり評価していなかったんですよね。文体も世界観もどこかちぐはぐで一つ一つの意図がうまいこと噛み合っていない。一言で言えばすべて借り物でつぎはぎの作品を作っているように思った。でもそれは二作、三作と重ねていくうちにきっと洗練されていくんだろうなと思わせるもので、実際それはこの作品を読む限りでは完全に正しかった。PSYCHO-PASS世界観の起源を掘り起こし、楔を撃ちこむようにしてそれがあの社会で受け入れられていった苦しみの過程を描いていて、シリーズ全体を根底から補強し、さらに独立した警察もの、SFとして成立させている。huyukiitoichi.hatenadiary.jp
続いて『リライト』『リビジョン』『リアクト』『リライブ』の<時と四季>四部作。時をかける少女を意識した記事名になっているが、それは本編の方でも同じ。ただし本作は当然ながら大幅に現代版としてアップデートされている。時系列がどんどんこんがらがってパラドックスが起こり、さらに前作が次作でメタ構造の中に取り込まれていくメタ的な構成が相まって物語の複雑さは途方もなく上がっていく。しかしこんがらがった糸を丹念に解きほぐすように一つ一つ読み進めていって最後の『リライブ』に辿り着いた時、時間というその巨大な現実そのものに対峙してきた少女たちの思いが浄化されとてつもない解放感として帰ってきてくれる。一冊一冊が短く、カバーデザインがイラスト含めてかっこいいのも良いシリーズだった。タイムトラベル物としても、メタ・フィクションとしても今後語る上では外せない作品だ。huyukiitoichi.hatenadiary.jp
さてさて、早川が続いてしまったので違う方に振ってみよう。ラブスター博士の最後の発見は伊藤計劃さんが受賞した翌年のFKD特別賞受賞作。特別賞というだけあって本格的なSFではないのだが、ふわふわとして捉えどころがなく、しかしその中にはっきりとした未来社会構築のロジックが編み込まれている傑作。正直かなり好きな作品なのだけど、その好きさをうまく伝えるのが難しい作品だ。あらすじやらなんやらは記事の方を読んでもらいたいのだが、未来社会の書き方が面白いんだよね。広告費用をもらうかわりに人体を時折明け渡して突如宣伝を叫んだりしちゃうっていう。現在Twitter各所で起こっている「レイバン騒動」を彷彿とさせる事象が描かれていたりする。

小説はあと月村了衛さんの槐が超高速エンターテイメントとして面白かったり、藤井太洋さんの新作『アンダーグラウンド・マーケット』が仮想通貨物として珠玉の出来だったりと取り上げたい作品がいくらでもあるんだけどきりがないのでここらでおしまい。

ノンフィクションについて

フィクション方面は力作揃いだったがノンフィクションも良い。何しろHONZ用で初回から腑抜けた本を紹介するわけにもいかなかったのでいつもより多めに読んだこともあってか良書にめっぽうぶちあたることができた(クズにもいっぱいあたったが)。まずHONZ掲載の第一記事でもあった暴力の解剖学について。huyukiitoichi.hatenadiary.jp
この手のものは慎重に読まなくてはいけない。たとえば「○○という遺伝子が暴力性につながるかも!?」といったって、それを持っている人間が必ず犯罪に走るわけではない。たとえば犯罪者の割合は男が圧倒的に多いしが男はみんな犯罪者だ! とはならないわけで。問題は「暴力性と関わっている社会的要因、環境要因、遺伝学的要因」の正確な割合の予測で、それを出すのが難しいというところにある。本書はそうしたさまざまな要素を様々な角度から検証し、ある程度議論に載せられそうな素材を提供してくれる一冊。huyukiitoichi.hatenadiary.jp
3月に読んだノンフィクションで最大のヒット作はこれ。声優・大塚明夫さんの声優魂。魂という書名そのままに、大塚明夫さんが声優業を営む上で観てきた現実と、その上で彼がどのように覚悟を決め、生き残ってきたのかという人生観の表明でもある。声優業という非常に狭いフィールドでの戦いではある。しかし人気と実力の双方が必要とされる「芸事の修羅場」でもあり、そこで大塚明夫さんがどのようにして生き残ってきたのかという話は他のどんな分野にでも通じる普遍性がある。まあそんなことは何もかも抜きにしても、大塚明夫という一人の人間に惚れ込むに十分な一冊だ。huyukiitoichi.hatenadiary.jp
HONZ掲載の二記事目。なんかこれ電子書籍版があったこともあってかかなり売れたな(100冊以上売れた)。AIについての過去、現在、未来が知りたければちょうどいい一冊かと。もともと小林さんはAI系の本をいくつか書いている人なので期待はしていたんだけど、これが一番よく書けているのは間違いない。何冊も書いていくうちにうまくなっていったんじゃなかろうか。個人的には2〜3年後にディープラーニング技術の自動翻訳への転用が進んで言語間の全文変換が簡単になっていると嬉しいなあ。ロボットの絡みで何年後かには大きなことがありそうで、それが楽しみである。仕事なんてとっととなくなっちまえばいいのだ。

マンガ

マンガも傑作揃い。まずは妖怪とサイバネティクスと大召喚と呼ばれるとんでもイベントによって世界人口が一気に三分の一に激減したバイオレンスなSF的世界を描いていく『サクラコード』の一巻が出た。

サクラコード 1巻 (ガムコミックスプラス)

サクラコード 1巻 (ガムコミックスプラス)

まあ一巻時点だと状況説明が多くてどのような物語が発展していくのかはいまいちわからないのだけど世界観のごった煮具合は既に面白い。大召喚とはその名の通り異世界の住人たちが突如としてやってきてしまったイベントのこと。何しろ人口が少なくなって無法化しているので運搬車両に対しての襲撃が頻発化しており、主人公らはその防衛側に雇われている凄腕で──という感じで物語が動いていく。召喚された奴らが持っていた超技術によって人体の機械化技術が促進され超絶凄いスナイパーライフルで超絶デカイ妖怪をぶち殺していくみたいな絵的な解放感がある。
亜人ちゃんは語りたい(1) (ヤンマガKCスペシャル)

亜人ちゃんは語りたい(1) (ヤンマガKCスペシャル)

『亜人ちゃんは語りたい』はデュラハンやらサキュバスやらドラキュラやらが普通に混在している世界を描いていく作品。こっちもあれだね、異形ものだね。主人公はもともと大学で亜人の研究がしたかったけど許可がおりなくて学校に先生として就職したらそこにはなんかしらんけど亜人がいっぱいいてらっきーという感じで物語がはじまる。女の子の書き方がかわいい。しかしサキュバスなんて同級生にいたらちょっと男の子は困っちゃいますね。デュラハンがいても困るけど。

特別なことが起こるわけでもなくごくごく自然にそうした亜人が溶け込んでいる世界を描いていく。語りたいというタイトル通りに、実際どうやって生活してんの? なんか不都合とかないの? たとえば血とか吸いたくなったらどうするわけ? みたいな話を淡々と重ねていくだけだが、それが大げさでなく、身近なところの延長線上にある。たとえばサキュバスは自然に影響を与える(誘惑してしまう)ので地味に目立たない身なりをして人との接触を避け、満員電車を極力避けるとかそういうこじんまりとした描写が良いのだ。似たような発想だと『アナーキー・イン・ザ・JK』とかあるけどこっちはギャグだしな。huyukiitoichi.hatenadiary.jp
オールタイム・ベスト級の漫画作品がこの『クジラの子らは砂上に歌う』で、四巻が出たタイミングで読んだ時、何もかものレベルの高さに唖然としてしまった。絵は一人一人の感情を十全に伝え、見開き絵はこの世に存在しないファンタジィな世界を描いているにも関わらず「これは本当にあるのだろう」と思ってしまうほど迫真の力がある。あまりに絵がうつくしく、「これはなんなんだろう」と想像力を発揮させるトリガーに満ちていて漫画的にも成立していて、一枚の絵を何分も見続けてしまうぐらいだ。これについては自分の気持ちを記事に十分に込められたと思うので是非記事を読むなりいきなりマンガを買うなりして読んでもらいたい。

アニメとか

3月はアニメも終わったものが多くて、ひとまず観ていた物についてはどれも素晴らしい出来。SHIROBAKOはマンガに引き続きアニメのオールタイム・ベスト級の傑作だ。アニメ業界物として、少女たちの成長を描きつつも人と人の相互作用によって作品が創りあげられ、時にはその真剣さがぶつかりあい、時には相乗効果的に作品のクォリティが挙げられていくさまを描いていく。一つ一つのエピソードはアニメ業界物として完結した面白さを持っていながら、同時に一本の軸として見た時に人と人の関係性と、能力がどんどん積み上がっていき最後にその集大成が発揮されるというプロット上のお手本のような作品でもありました。

Gのレコンギスタもみていて、これもまた面白い物語だった。プロットの複雑さについてはまあいろいろあるでしょうが、基本的には画面だけ、その時その時の台詞のリズムを追っていくだけで十分に楽しめる作品だったと思う。台詞はテンポが早く、誰かが何かテーマ的なことをぺらぺらぺらと長々と喋りそうになったとしても状況が動いて(襲撃を受けたり)最後まで言い切れない。でも台詞なんてものは半分も聞けばあとの半分は予測できるもんですから、発音されなかった部分は視聴者の脳内で勝手に再生されるに任せて映像はその分テンポを早めどんどんボルテージをあげていく。

でもやっぱり絵的な面白さが凄い。無重力空間をこれだけ縦横無尽に演出できるのってやっぱり富野由悠季監督が最高峰なんじゃないかな。戦闘シーンはもちろんのこと、何気ない日常会話のシーンで物体がふわふわと三次元上を漂っていくのを追いながら人間の位置関係や対話を三次元上でプロットみせるとか「派手さのない普通のシーン」でその演出能力の高さがよくわかる。ただ会話をしているだけのシーンが映像的にこれだけ面白いものになるとは、と見ていてびっくりしました(富野由悠季監督のアニメあんまりみたことないから)。

まとめとか

これからユリ熊嵐とかローリング☆ガールズとか見なくちゃ。いや、しかしほんと幸せな月だったなあ……3月は……観たものも読んだものも本当に面白かった……。ではでは、また次号生きていたら会いましょう。たぶん来月は既にSFマガジンが出ているはず。