基本読書

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忘却のレーテ (新潮文庫nex) by 法条遙

断言する、読み終えた後に貴方は最初から読み直す! とかもう一度観たくなる! とかいう煽り文句がたまにある。本書の場合はちょっと違って、読み終えた後に「後ろから読み通したくなる」という意味で特異な作品だ。本書『忘却のレーテ』は、昨年単行本で出たものの新潮文庫nex版。一年での文庫化は慣例からすると異常に速いが、新潮文庫nexを盛り上げたい(作品数を増やしたい)という狙いだからかな。だいたい単行本から文庫化までの期間が空きすぎていることは利益より害の方が多いと思うからもっと早くして欲しい(できれば同時ぐらい)だけど。

忘却のレーテ (新潮文庫nex)

忘却のレーテ (新潮文庫nex)

シンプルなアイディアと構成から「あ、なるほど」とデカイ驚きに繋がるミステリなので、紹介すべき(できる)部分はあまり多くはないから、まあさらっと、アイディアのガワぐらいにとどめておこう。ちなみに単行本は無骨な、というよりかはちょっとホラーみたいな趣を出した時計の表紙デザインだけど、文庫版はusiさんの表紙イラストで思わず手にとってしまった。法条遙さんとusiさんのコンビは、早川書房の『リライト』から始まるシリーズの表紙イラストも最高に合っているけど、新潮文庫にわたってもコンビが継続しているのが面白い。huyukiitoichi.hatenadiary.jp
本書の中心的なアイディアになるのは記憶を自由に消去できる薬、レーテだ。大企業オリンポス(オリンパスへの配慮なのかなんなのかオリンポスになっている)が開発したその薬はまだ一般に流通しているわけではなく、人体実験段階。物語の主人公であり、両親がオリンポスの役員であった唯はいろんな事情からこの実験に参加することになる。7日間に渡る実験の中で、一日ごとにその日の記憶が消去されてしまう。ホスト側は「本当に記憶が消えているのか」といったことや薬の副作用などがないのかと調査を続けていくのだが──。

記憶が毎回消されてしまうので、毎度毎度同じやりとりが繰り返される。「わあ、キレイな人だなあ」と思ったら次の日もその次の日もキレイなひとだなあと思うし、「なんでこんなことになってるんだ!」と突っかかる人間は当然のように次の日も突っかかっていく。物語はNov.01 20XXと題された日から、順々に02、03、04と続いて07で物語は集結を迎える。おかしいのが、01で殺されたはずの人間が02では平然と生きて会話を交わしていたりする。なんだなんだ、レーテって時間を巻き戻す薬じゃねえだろうな。また完全な忘却というわけでもなく、「おぼろげに残っている記憶」があったり、物質的な事象は消去されるわけではないから朝記憶が消えた状態で起きてみたら手が血にまみれていたりと「なんなんじゃいこれはあ!!」と驚いたりする。

いったい、記憶が消えた時、消された記憶には何があったんだろう? 昨日あったことを忘れて、そのときのことを伝聞調でしか聞くことが出来ない=それが本当かどうかわからない恐怖、そんな恐怖それ自体さえも「忘却」させてしまえるのが、レーテの本当の恐怖なのだ。構成は登場人物含めてシンプルで、あまりたくさんの重要キャラクタは出てこないのだが殺し屋を自称する美人なお姉さんがいたりして事態は混迷は極めていく。入り組んだ物語が最後07に至って収束していくのはえらく気持ちが良い。飛び抜けて面白いかといえばそういうわけでもないが、「忘れる」ということを小説として効果的に演出してみせた物語として明確に新しく、きちんと成立している。新潮文庫nexらしくさらっと読めるものの読後感はけっこうずっしりとくる感じで良い本でっせ。