基本読書

基本的に読書のこととか書く日記ブログです。

Uncreative Writing: Managing Language in the Digital Age by Kenneth Goldsmith

Uncreative Writingと書名がついているように、一般的にはクリエイティブじゃないよね、クールじゃないよねみたいなやり方で生まれてくるcreativeな側面もあるんじゃない? むしろuncreativeだと思われて手をつけられていないところにこそ、今後重要になるんじゃないの? と問題提起し、実践として著者のKenneth Goldsmithさんが自身が受け持っているclassで行っているuncreativeな授業内容の解説も行っていく一冊。現代における文章表現論として、またuncreativeな方法でこそ出てくるcreativeな側面もあるんじゃないのという実践編として面白い一冊なので、翻訳の出ていない洋書だが紹介しておきたい。何しろしょっぱなの文章からとばしている。ちょっと翻訳してみよう。

 ”この世界は文章であふれている。多かれ少なかれ興味深いものたちだ。私はそこに新しい何かを付け加えようとは思わない。”これは今日の書くことを取り巻く環境に適した返答にみえる。利用できる文章は空前の量存在しており、課題はもっとたくさんの文章を書くことではない。我々は既に大量に存在している文章との付き合い方を学ばなければならない。いかにして情報の雑木林を抜ける道をつくるのか、いかにしてそれを制御するのか、いかにして分析するのか、いかにして組織し、分配し自分が書いたものを誰かが書いたものと識別するのか。*1

Uncreative Writing: Managing Language in the Digital Age

Uncreative Writing: Managing Language in the Digital Age

たとえばWeb文化がここまで一般化した今、コピー&ペーストは手でちまちま書いていた時代より簡単にできる。今日では言葉は安価かつ無限に生成される為、破片のように散らばり、意味は少なくなっていると彼は本書で語っている。*2そんな時代に沿った、これまでにあまりとられたことのないアプローチ、コピー&ペースト、リミックスを駆使した書き方があってもいいはずだし、新しい表現の方法を考えるべきだ。たとえば単純にコピー&ペーストといっても、そのつなぎ方にはその人独自の「編集力」が発揮される。今だとWeb Servicesでトゥギャッターなどもあるが、アレなんかも編集する人によって随分とその内実が変わってきたりする。

で、実際にはuncreativeな書き方だけに焦点を絞った本というだけではなくて、プログラムの話から現代詩まで幅広く話題の射程がとられている。いったい何者なんだと思うところだが、編集者であり詩人でありwritingの教授をペニーシルバニア大学でやっている多彩な人間らしい。たとえば最初の章Revenge of the Textでは我々が全く気づかないうちにゴミクズのような文章に晒され続けていることを提示する。jpgなどの画像ファイルをテキストツールに放り込んでみれば、その中に含まれている文字情報が見れるはずで、それは人間が読んで意味が通る文字列情報じゃないけれども確かにれっきとして日々生成され続けている文章のほんの一部である。それは音楽だってアプリだって同じだ。

あるいは我々プログラマはシステム開発や普通にインターネットをするときでもLinuxなりWindowsのコマンドプロンプトなりで様々なコマンドを打ち込む。lsだったりcdだったり、こうした情報を打ち込むことでOSは配下のフォルダ情報を一気に表示したり、プロパティ情報を展開したりする。これも人間が生みだしたものではないが、自動生成され続けている文章の一部であるといえるだろう。この他にも文字の内容と、文字の並び自体がイメージとして意味を共通させているvisual art としての詩の表現(たとえば鳥が飛び立つことを意味する詩で、文字の並びが実際に鳥が飛び立っているイメージのようにも見えるなど)についての章など、現代における文章表現上の多様さが一通り網羅されているのが面白いところだ。

ぜんぜんuncreative writing関係ないじゃねえかと思うかもしれないが、大きく関係していくのは後半部分。たとえばジャック・ケルアックの傑作『路上』をretyping してブログに書き写していくプロジェクトが紹介される。最終的にこのプロジェクトは『GETTING INSIDE JACK KEROUAC’S HEAD』という書名で、路上と殆ど同じデザインで本として出すという詐欺みたいなことをやるのだが、書名からもわかる通りひたすら路上を書きなおしていくことでジャック・ケルアックの脳の中に入り込んでいかんとする試みだ。『既に書かれ終わっている偉大な物語を再度書き直すというuncreativeな試みの中で、私は何かを失ったのだろうか? 確かに言えることは、これ程までに一つの本に時間を使ったことも考えたこともなかったということだ。本を読む時、あなたはしばしば文章を外と中から読むことになる。しかしこの場合、普段テキストから読み取る以上のことを本から得ることになった。』と著者は語っているが、それはまあ、そうだろうなあ。

Getting Inside Jack Kerouac's Head: Simon Morris

Getting Inside Jack Kerouac's Head: Simon Morris

授業での実践編

こうした幾つかの「uncreativeな書き方がもたらす効用」の事例を経て、最後の方の章でGoldsmithが実際に授業で実施した内容の解説が入る。これがなかなかおもしろい・参考に出来る部分もあるかもしれないので、簡単にだがまとめておこう。1つは、ジャック・ケルアックの例と同じく「5ページ分retypeしてきなさい」という課題。書き写すという行為にはまったく創造的なところがない。しかし単純に書き写ことで必然的に深く考えることにもなるし、「この表現はおかしいんじゃないの?」とか「もっと良い表現を思いついた!」とか、「これはもっとよくなるんじゃないの!」と自分の方が詳しい・よく知っている部分についてcreativeな側面が発揮されることもある。

2つめが、音声の聞き書きだ。これもまた聞いたことを書くだけだから一切創造的な部分はない。ニュース番組などを聞き取って書くが、十人に同じ音源から書かせても一人として同じ物を書いてくる人間はいないという。もちろん聞き取りが間違っているなどもあるのだろうが、間のとり方、コンマの置き方、聞き取って、書くというだけで出てくるものは人それぞれのリズムが内在した文章になっているのだという。3つめが「transcribing project runway」で、なんのことかといえばチャットの記録になる。ただし、ただチャットで意見交換するのではなくテレビから聞こえてくる音を忠実に書く。主観的な考えやテレビ番組に対するコメンドなどは禁止されている。

実際に課題の実行例があげられている。生徒が一斉に自分の聞いた音を書き込んでいくから、同じテレビ番組をみている人は当然内容がかぶるんだけど、書き込んでいる内容が微妙にズレたものが並んでいたりしてちょっとおもしろい。ただ……パワフルエコーとミニマリスティックがあるなどと書いてあるが……あるか?? 意味がわからないが。4つめにあげられるのが脚本を、映像を見ながら書き上げること。ノベライズという意味ではなくて、実際の脚本形式に書き上げるのだ。fade in から書き始めてそれがどこでいつなのか、たとえばhouse - day 男が一人いて──のように。もちろん元となった脚本を見ることは許されないから、これも全く同じ映像を元にしても人によって驚くほど違った脚本を上げてくるのが面白い。

こうしたuncreativeな試みの肝は従来の文章修行では前提とされていた「何を書くか」の部分について悩まなくてもOKなところだろうなと読んでいて思った。ただ書き写す、聞き書きする、全員で同時に聞き書きする、映像をみて脚本を書き起こす、「何を書くか」で一切悩まず、ただ書くだけだが、必然的にその「ただ書くだけ」の部分で差が生まれてくる。「何を書くか」の部分が一般的には「創造性」の部分といわれるところなのだろうが、あえてそこをすっ飛ばすことでただ書くべきものを書かせるだけでその人独特の「個性」みたいなものが出てきたり、「何を書きたいのか」が表出してきたりする。

「何を書くべきか」で悩み、葛藤している人も多そうだが、本書で語られているようなuncreativeなcreativeさという考え方はひとつのヒントになるのではなかろうか。TwitterやFacebookの登場、ブログやtypingの容易さから我々と文章の取り巻く環境は一気に激変してしまった。Twitterが必然的に140文字制限を強いるように、環境が我々を強制的に変更する部分もあるが、強制されない部分についても我々はこの時代にマッチした、この時代だからこそできる情報との付き合い方、利用法を学んでいく必要があるのだろう。網羅的で絶対的な本というわけではないが、文章表現について一冊でずいぶんと広い領域の話題をカバーしている良書だ。

*1:p1

*2:“Because words today are cheap and infinitely produced, they are detritus, signifying little, meaning less” (218).