基本読書

基本的に読書のこととか書く日記ブログです。

ミステリ編集道 by 新保博久

タイトル買い。『戦後のミステリ出版史のアウトラインが辿れるものに、結果的になったように自負する。』と語る内容そのままに、殆どは既に定年などで退職した名編集者らへのインタビューを丁寧にまとめた一冊になっている。人選もさることながら、注釈が充実しているのと、著者の新保さんが専門家なので安心して読める。

ミステリ編集道

ミステリ編集道

僕はわりと編集者が書いた本や編集者が受けているインタビューなんかが好きで、それはやっぱり「表にあんまり出てこない部分」だからオモシロイのだろうと思う。最終的にパッケージングされた雑誌なり書籍なりをみると、謝辞や名前がクレジットされていることも多いが、実際にその過程でどのような事が行われその形にアウトプットされているのか、というのは、それだけではよくわからない。実際には作家の選定から発注、改稿作業のプロセスとありとあらゆる場面で編集者の思想と技術と人脈と戦略が発揮されるわけで、そういう過程を知るのは純粋に興味深い。どうやっているんだろう。それはテクニックとして磨けるものなんだろうか、と。

まあ本作は「あの頃いったいなにがあったのか」どういう経緯があってあの事件とかが起こったのか、あの噂は本当なのかと、時代を切り取る本なので、そういうのとはちょっとズレるかな。船戸与一氏のデビュー秘話とか、新人の頃の松本清張の話とか、時代性を感じさせる話はどれもめっぽう面白いし、どれも「当時の編集者」という感じでぐっとくる。帯にインタビュー中に出た名言「今の編集者は夜、寝るでしょ?」とか載ってるが、「そりゃ編集者だって人間なんだから夜寝るだろ笑」と思うけど当時の編集者は寝なかったんだ! と目がキラキラしてしまう。「今の編集者も夜寝ねえよ!」という人もいるかもしれないが。

人選の話もしておこうか。もちろん『ミステリ編集道』なのでミステリの歴史に大きく影響を与えたであろう編集者らが揃い踏みだ。トップバッターは編集生活六十年という原田裕氏。宝石者の大坪直行氏、幻影城編集長だった島崎博氏、講談社の白川充氏、早川書房、東京創元社、角川、国書刊行会の編集者らと揃いも揃えたりな13人。ミステリとはいえ、みなそれぞれ移動や転職を経て経歴を形作っているのでSFの話題もあるし、エンタメ全般の編集道としての空気もある。若くても1961年生まれ、トップバッターの原田裕氏は1924年の大正13年生まれだから語られるエピソードにも年季が入っている。編集生活60年はダテじゃない。

 話が先走ったけど、講談社でまず『キング』に配属されて、どの作家を担当したいかなんて、僕は吉川英治くらいしか知らないから吉川英治って言ったら笑われて、それは新入社員が担当する作家じゃないって。だけどこちらは新入社員たって、大学で召集されてるから幹部候補生でね、元陸軍将校なわけですよ。短期間でも戦場で命がけだったんだから、いま生きているのは拾いもんだ、怖いものなんかありゃしない。だから上司なんて何とも思わなかった。着ていく服もないから将校服で行ったら、先輩社員が敬礼したりしてね。

『俺の後輩が元陸軍将校なんだが』って、こんな後輩が入ってきたらどちゃくそ嫌だけど頼もしい……。

こうした体験談と作家とのエピソードについては面白いものばかりなので、ここでそれをずらずらと羅列していくわけにはいかないのだけど、僕がはじめて知ってへえと思ったのは船戸与一氏のデビュー話。講談社の白川氏が、ゴルゴ13の原作を書いていた船戸与一を紹介され、「俺は小説を書いたことも書こうと思ったこともない」という船戸与一にたいして「ゴルゴ13のストーリーに少しずつ肉づけしていけば小説になるんじゃないかと」と。なかなかな説得の仕方だが、それが大小説家になってしまうのだから何がどうなるかわからないもんだ。

編集者の視点

最初に僕は編集者のスキルとは一体何なのかが気になると書いたが、さすがに伝説的な編集者達なのでそのあたりの話もほお、とかへえ、とか思う部分が多い。もちろんそれはメインではないのだが、話の流れで出てきたような、ポロッとこぼれ落ちてくる部分にこそむしろ普段から意識して一環している姿勢のようなものが出ているようにも思う。たとえばまだ若造だった集英社の山田裕樹さんが語った、作家ごとのテーマの選び方の話など。

 必然的にまだ六、七冊しか書いていなくて、これはいい作家になるなと思ったら刊行順に最初から読み直してく。すると、作家が考えたけど捨ててしまった部分が見えてくるんですね。書く前には、百点満点にしようと思って考えるわけでしょう。実際に書くと分岐点に出会って、こっちを捨ててあっちに行って、結局百点にはだいぶ足らなくなる。そのとき捨てるには惜しかった部分を拡大しようと提案する。「何でもいいから書いてくれ」って言ったって、書下ろしの場合は、そうは書いてくれませんよ。作家を選んでテーマを選ぶところから始まるわけで、ここで初動を誤ったら永久に作家は捕まらない。僕はその初動に関してはすごく真剣だったと思う。

編集者の読み方と、単なる読者の読み方は、かなり違うんだろうなと思うことは多い。読者はその読書体験を「良いもの」にすることが読書の目的で(金も払ってるし)、出来る限り良かった探しをするならば、編集者はそれをどうすればもっとよく出来るかという観点で読む、といったように(実際にはもちろん、いろいろな視点があるにしても)。でもこの読み方はテクニカルに応用できるかは別として、考え方として面白いな。確かに、捨てるには惜しい部分、というのはあるように思うし。

あんまり歴史的な部分に触れられなかったけれどそれはまあ、一部分をとりあげてどいうものでもないので。生きていれば人間は今のところ必ず死ぬので、こういう時代を切り取った本はきちんとポイントポイントで出していかないとあっという間につくるのが困難になってしまう。本書の書名だけ見た段階で、Twitterで『ミステリ編集道というミステリ編集へのインタビュー集? が新刊で出てたけどSF版も欲しいですね。』と呟いたけど、本書最後の対談を読んでいたらこんな文章があって強く頷いたものだ。

新保 なるほどね。そのあたりはいずれ大森望さんに(ルビ:どなたか)「SF編集道」をまとめてもらいましょう。

いやはやまったく。どなたか(ルビ:日下三蔵さんなど)にやってもらいたいものです