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「文明」の土台を知るために──『人類を変えた素晴らしき10の材料』

人類を変えた素晴らしき10の材料: その内なる宇宙を探険する

人類を変えた素晴らしき10の材料: その内なる宇宙を探険する

本書『人類を変えた素晴らしき10の材料: その内なる宇宙を探険する』はその書名の通りに、身近に存在している10の材料をメインとして、その性質はどのような化学によって成立しているのか、人類の歴史に現れたのはいつで、どのように発展を遂げてきたのかを解き明かす「材料科学」本だ。

材料科学というと聞きなれないし、何だかよくわからないかもしれないが、ようはただのコンクリとかチョコレートとか材料がどうやってその機能を果たしているのかを理解して場合によっては新しい材料を考えたりしようぜというあれみたい。

『私たちはみずからを文明化されていると思いたがるが、その文明の大部分は物質的な豊かさのたまものなのだ。』という著者の言葉どおり、我々の身の回りの快適な生活を実現しているのは材料を「より効果的に使うにはどうしたらいいのか」を試行錯誤してきた先人の歴史の上に成り立っている。当たり前のように存在し使い捨てられるノートだって中国とタメをはれる2000年の歴史と技術の粋を集めている。

いわれてみればノートだって、かなり凄い。簡単にやぶれて、それでいてとがった鉛筆で書いてもまったく破れない。さらに材料の「紙」に目を向けると、柔らかいトイレットペーパーになったり、切符になったり紙幣になったり本になったりと大活躍である。いったい「紙」のどのような性質がそれを可能にしているのか。

鋼鉄、紙、コンクリート、チョコレート、泡、プラスチック、ガラス、グラファイト、磁器、インプラント材料と古くから存在する材料から近年現れた新たな材料まで取り込んで解説されていく本書を一通り読むと、身の回りのあるものにこめられている来歴の多様さと、その情報量の多さに驚くだろう。

たとえば紙

材質からみていくと数々の「当たり前に目にして、不思議にも思わない状況」の理由がわかるようになる。たとえば安くて低級の機械パルプでできている紙の場合、そこにはリグニンというセルロース繊維をまとめる有機接着剤が残っている。リグニンは光が当たると酸素と反応して発色団が発生し、その濃度が高まると紙が黄ばむ。

紙の劣化が進めば、揮発性有機分子が発生し古びた本の匂いとなって漂ってくる。古本屋や図書館独特の匂いは化学的な崩壊が起こっている腐朽の匂いなのだ。こんなこと知ったからといって別に年収が上がるわけでもないが、中古書店にいったときの紙の香りをかいだときに「紙の香りだ」じゃなくて「セルロース繊維をまとめている有機接着剤に光があたって揮発した臭いなんだな」と理解することができるのは世界を豊かにすると思うのだがどうだろうか。

たとえばコンクリート

あらゆる場面で紙が必要不可欠なのはいうまでもないが、コンクリートも違った意味で現代文明にとってなくてははらないものだ。れんがで構造物をつくることはできるが、コンクリートの効率性には遠く及ばない。基礎だろうが柱だろうが床だろうがなんだって「流し込んで、打ち込んで作ればいい」「型枠」をつくれる構造物なら圧倒的速度と安さでもって建てることができる。

コンクリートを発明したローマ人はその先行者利益をしっかりと享受し、帝国のインフラ構築に活かした。水の中だろうが固まるので、水道や橋が建設でき、原材料をより遠くまで運ぶことができるようになった。首都ローマにはコンクリート時代を象徴とするパンテオンドームが建てられ、ローマ帝国が崩壊して2000年以上の時が経つにも関わらずいまだに世界最大の無筋コンクリートドームとして存在している。

ローマ人は確かに素晴らしいドームをつくったが、無筋のコンクリートがひびに弱く全体の崩壊をまねく(引き裂こうとする力に流動的に対応できないため)問題を解決できなかった。19世紀に至って、人類は鋼鉄がコンクリート内部のケイ酸カルシウムフィブリルと結合することを発見する。安くて早い鉄筋コンクリートの誕生である。

トン当たり一〇〇ポンドというコンクリートは、世界で断トツに安い建材である。そのうえ機械化向きで、さらなるコスト削減が可能だ。人手を一人とコンクリートミキサーを手配できれば、家の基礎、壁、床、屋根をものの数週間でつくれる。建物のどの部分も同じ構造物の一部なので、どのような気候下でも優に一〇〇年はもつ。基礎は家を浸水から守るとともに、虫やカビの攻撃を寄せ付けない。

鉄筋コンクリートは頑丈で長持ちするが、やっぱり劣化はする。も今は解決する技術が生まれつつあるというのが凄い。劣化はこの世に存在するすべての物の必然でしょと思うかもしれないが、コンクリートを修復する成分を排泄するバクテリアをコンクリートに内臓することで自己治癒できる(かもしれない)のだ。そこには「まるで生きた生物のように機能する動的な材料」としての未来が開けている。

たとえばインプラント

材料の進出は我々の外側だけではなく内側にも及んでいる。インプラント技術がその一つで、たとえば人体は内部に挿入された材料に関して、大抵の場合拒絶反応を起こすが、チタンは受け入れられる。靭帯の損傷など、自力での再生が困難な場合こうした素材は人体の代替手段となりえるので重宝する。

人工股間関節など現代でも当たり前に使用されている驚きのインプラント材料、技術は多いが、「これから」という意味であれば楽しみなのは3Dプリンタだろう。デジタル情報からまるで印刷をするように物体をつくり出す製造技術を使って、患者自身の幹細胞からつくられた気管の移植が2011年にはすでに行われている。

まだ複雑な機構を持つ肝臓や腎臓、心臓といった各種臓器を育てることはできないが、これが可能となれば他者の臓器を移植しなければ命に関わる病気がより安価で、お手軽に治療できるようになる。今後10年、20年と時間を重ねていくうちに、各種器官を取り替えつつ生きることができるようになれば、死を克服するものではないにしても、90歳を超えてもサッカーを楽しむことができるような「生の充実」をはかるものとして定着するかもしれない。

材料科学の未来

本書では今後材料科学の分野で起こりえる21世紀の課題として、「さまざまなスケールで構造を構築し、新素材を設計できるようになった」先に『あらゆるスケールで設計された構造を結びつけて人間サイズの巨視的な物にすること』を挙げている。たとえばマクロスケールのタッチスクリーンとナノスケールの電子部品を組み合わせたスマートフォンであるとか、さっき書いたような「自己治癒コンクリート」のように内部に生物的な変化の仕組みを持った材料であるとかかな。

自分が立っている場所がぐちゃぐちゃのぬかるみだったら不安になる。この文明は基本的にはさまざまな「材料」のもとに成り立っているのだから、本書で足場を確認するのも悪くない。