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4%の壁に挑み続ければ超人になれる……ほんとに?──『超人の秘密:エクストリームスポーツとフロー体験』

超人の秘密:エクストリームスポーツとフロー体験 (ハヤカワ・ノンフィクション)

超人の秘密:エクストリームスポーツとフロー体験 (ハヤカワ・ノンフィクション)

  • 作者: スティーヴン・コトラー,熊谷玲美
  • 出版社/メーカー: 早川書房
  • 発売日: 2015/10/22
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)
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読んでいくうちにわりと疑問点が積み重なっていくものの、語られていることはめっぽう面白く、参考になる一冊である。荒れた雪山をスキーでめちゃくちゃな速度で駆け下りてきたり、何十メートルにもなる波に命がけで乗ったりするエクストリームスポーツに挑戦する命知らずたちが日常的に接している「フロー」という状態を、脳波測定などからきちっと科学的に「何が起こっているのか」を観測し、エクストリームスポーツとは無関係な一般人にも応用できるかの可能性を探る。

日本では「ゾーン」の方が通りがいいかもしれないが、通常の集中状態とは一線を画する「目の前のこと以外一切意識に入ってこない超集中状態」とでもいう状況を表現する言葉。最高の気分になりながら、同時に最高のパフォーマンスを発揮するこの状態はもちろんそんな状態に入り続けられれば言うことないのは間違いないのだが、プロスポーツ選手であってもそうそう簡単に入れるものではない。研究が進みどのような状態がフローに入りやすいのかはずいぶんわかってきたが、それでもスイッチのオンオフを切り替えるようにはいかない──というのが現状である。

本書が「エクストリームスポーツ」に的を絞っているのはその点を打破することに意味がある。どういうことかといえば、かなり安全に設計されている日常生活やプロスポーツの世界とは別に、エクストリームスポーツプレイヤーは日常的に失敗したら死にかねない危険な状況に突入しており、彼らにとってはフローに入るのはその分野で一定の成果を残すための通行手形のようなものなのだ(と著者は言っている)。

 しかし、ゾーンを追求したアスリートたちのなかで、最大の効果を上げてきたのは、エクストリームスポーツのアスリートたちだ。偶然の部分もあるし、意図された部分もある。しかし、最近の一世代のあいだに、極限のヒューマン・パフォーマンスがほぼ指数関数的に向上した理由を知りたければ、まずは最も単純な事実を知っておくべきだろう。すなわち、フローは地球上のあらゆるアスリートの目標かもしれないが、エクストリームスポーツのアスリートにとって、それは欠かせないものだということだ。

根拠の怪しい部分

先に疑問点を述べてしまうが、上記引用部はまるで指数関数的にヒューマン・パフォーマンスが上昇したことをフローが大きく貢献しているかのように受け取れてしまうが、実際には「アスリートにフローは欠かせない」といっているだけで、そうはいっていない。実際、パフォーマンス向上にフローが関わっているのかは疑問だろう。だって、フローは発見される前からあったんだから変わる理屈がない。

本書の前半部はしかし、まるでフローこそがパフォーマンス向上の要因であるかのように偽装する小癪な手口を使っている(ように僕には思える)。これが偽装だと思うのは後半になって突然「パフォーマンスが向上してるのは技術の進化のおかげとか、実際に出来た人がいるから「あ、できるじゃん」って多くの人が気がついたからだよ」と言い始めるからで、最初に書いておけば? と思ったものだ。

この本が主にエクストリームスポーツに焦点を当てているのはなぜなのだろうか? 答えは簡単だ。ほかの分野では、フローは一種のぜいたく品だが、エクストリームスポーツの世界では、フローは大切な必需品であるからだ。

あともう一つ。エクストリームスポーツの世界ではフローは必需品というが、特に直接根拠になりそうな実験も調査もないので(多少関連する実験は上げられているが)かなり怪しい。死ぬような波に乗ってるサーファーの脳波を測定するわけにもいかないんだからなかなか難しいだろうが、だからこそ特に明確な根拠がないまま言い切ってしまうのもいかがなものかと思う。

面白かった部分

と、ちょっと批判的になってしまった上にこれ以外にも「それはどうだろうか」という記述はそこそこあるのだが、それでも本書は十分に面白いと思う。たとえばfMRIなどを用いてフロー時の脳の状態を測定することによって実際にどのような状態が極限の集中状態を生み出していくのかの解説などは説得力がある。

たとえば、フロー状態では低アルファ波/高シータ波の状態に入り、新しいアイデアが生まれるときに生じるガンマ波が発生されやすい状態になる。また、前頭前皮質は思考を行うときに活性化する部分だが、フロー状態にあるときは逆に「一部が、一時的に非活性化」しているのだという。『それは効率のトレードオフだといえます。通常は高次認知機能に使われているエネルギーを手放す代わりに注意力と意識が高められた状態になるのです』フロー状態にあるときの問題解決はほぼ自動的におこなわれるが、目の前の事象に最適化された結果なのかもしれない。

フロー状態では時間の流れがスローになることも知られているが、このあたりのことも大脳新皮質の大部分が不活発になる為、時間を計算する能力が失われるとか、目の前の作業に一点特化された集中力が一秒あたりに取り込むデータの量を増やした結果スローになるのだとする仮説も紹介されている。「議論が続いている」とのことなので、このあたりはまあ、話半分にきいておくのがいいだろう。

どうやってフローに入るのさ

そこまでわかってるんだったらフローの入り方もわかるんじゃないのといえば、これは以前からある程度はわかっていた。一つはリスク、危険だ。失敗したら死ぬ(肉体的にか精神的にか)レベルの極限状態がノルアドレナリンとドーパミンをどばどばだし一つのことに集中させる(だからエクストリームアスリートがフローに入りやすいという理屈それ自体は正しいように思う。)。もちろん邪魔されない環境も重要だ。

内向的な物としては、「明確な目標」、「直接的なフィードバック」、「挑戦とスキルの比率」などが挙げられている。特に重要なのは最後のやつで、挑戦のレベルが高過ぎるとはなから諦めてしまうし、低すぎると退屈してしまう。本書で最適とされているのは、「挑戦のレベルがスキルのレベルを4パーセント上回る程度」だという。

フロー状態が極度の集中状態であることは既に述べたが、別に物書きでも、演奏でも、絵かきでも、身体を動かしていようがじっとしていようが「何かに集中している時」に起こりえる事象である。それはつまり目標を明確にし、フィードバックをわかりやすく、さらに「挑戦のレベルを4パーセントほど高く」することで効率的に物事を成し遂げ、濃縮された経験を得ることができるかもしれないことを意味している。

 エクストリームスポーツで起こっているようなパフォーマンスの向上を実現させたければ、今日は四パーセント、明日も四パーセント難しいことに挑戦するというのを、毎日、毎週、毎月、そして毎年、さらにはキャリアを通じて続けることだ。これは、真の魔法に続く道だ。

「簡単にいってくれるじゃねえか」という話ではあるのだが。たとえば絵を描くので4パーセントの挑戦ってなんなのよといえばそんなことはまだ確立されていない。走るのだってタイムを4パーセント縮められるわけではないのだから、えらく抽象的な話ではある。だが今の自分の実力よりちょっと高いところを狙っていけ、それも、日常的にぐらいの話に捉えても十分に役に立つ話ではあるだろう。

この記事では触れていないが、フローを連続させていくことの危険や、これから先フロー研究が進んだ先の展望など、網羅的で面白い本である。難点も述べたようにそのまま鵜呑みにするには怪しい部分も多いが、興味があればどうぞ。