- 作者: 早川書房編集部
- 出版社/メーカー: 早川書房
- 発売日: 2016/01/08
- メディア: 文庫
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それ故、面白いのか若干不安だったんだけれども、他二作よりも大ボリューム(500ページ超え)で、後述するが様々な視点からの紹介があり、これがなかなか良い。面白そうだ。スパイ・冒険小説の文脈とは意識せずに読んでいたものがあることに気付かされ(芝村裕吏『猟犬の國』とか、月村了衛『機龍警察』シリーズとか)、、100選企画では選んだ人々の冒険スパイ小説観やこだわりを読むのが面白く、21人分の作家論ありとたっぷり詰まったガイドブックになっている。
前回の『冒険・スパイ小説ガイドブック』は1992年のものであり、20年以上の時を経て(1992年が24年前ってのが恐ろしいなあ)アップデートをする歴史的な意義も充分である。
全体的に構成を紹介していこうと思うが、まずこの手のものとしてはお決まりの「オールタイム・ベスト・100選」系。本書にもある。選定ルールとしては、『「いま読んで面白い」という基準を設け』た上で、「架空の冒険・スパイ小説全集全二十巻をつくる」という企画である。たとえば第1巻は「死にざまをみろ」で、『女王陛下のユリシーズ号』『山猫の夏』『真夜中のデッド・リミット』が挙げられている。
これが全20巻なので、まずそれだけで61冊(最後の20巻目だけ4冊入っている)。それに別巻1:大いなる物語、別巻2:名作選で2作ずつ計4冊挙げられ、最後に推薦作35が挙げられ別巻だとか推薦作だとか何がなんだかよくわからないがとにかくこれで100冊。こういう100選系って、選考過程がよくわからなかったりすることも多いのだが、本書の場合はまず冒頭に識者が(北上次郎氏、霜月蒼氏、関口苑生氏、古山裕樹氏、吉野仁氏)決めていく座談会の様子が収録されているのがまず嬉しい。
〈本の雑誌〉2015年11月号でも「21世紀のSFベスト100」という企画で、ベスト100をあーでもないこーでもないと決めていく議論の様子が文章にして納められていたが、こんなん揉めるにきまっているのである。その時の場の空気や力関係、そっちは入れるならこっちの意見も聞いてくれという駆け引きもあるしで、ベスト100がどうというよりもそれが決まっていく過程の方が面白かったりする。
冒険・スパイ小説についていえば僕はあまり知らないので、ふむふむと頷きながら読んでいくほかないのだが、各人のジャンル観がみれるのも面白い部分。あれは僕にとっては冒険/スパイ小説だ! っていう一種のこだわりですな。
古山 スパイ小説は、個人的な物語よりも国同士の謀略が前面に出ている作品ですかね。その枠のなかで自分の意思で動く主人公もいると思うんですけど、あくまで個人が政治的なものにどう対峙するかがメインになっている気がします。(……)
霜月 しいて言えば、冒険小説は感情でなんとかなる話で、スパイ小説は理屈でなんとかする話という気がしますね。活劇か政治か、とも言えます。
あと、意外だったのは冒険小説はこの23年間をみるとそれ以前よりは素晴らしいものがたくさん出たとはいえない(ような気がする)という感覚がある程度共有されているところかな。『暴論だけど、九〇年代以降に翻訳された冒険小説って、面白いものはありましたか? と聞きたいです。』とかけっこうぶっこむなと驚いた。冒険・スパイ小説ファンの間ではうんうんと頷くところも多いのかもしれない。
もちろん、素晴らしいものはあるので、割合の話ではある。新しく素晴らしいものの筆頭が(翻訳じゃないが)月村了衛さんによる『機龍警察』シリーズだし、芝村裕吏さんの書いた『猟犬の國』であるとか、福井晴敏さんの『亡国のイージス』などなど新時代の冒険スパイ小説として当然選に入っている。『マルドゥック・スクランブル』や『ビッグデータ・コネクト』も推薦作35の中に入っていて驚いたな。この100冊については、1冊2ページを均等に割り振って翻訳家や書評家などそれぞれ(たぶん)思い入れある人間の手によってきちんと書評が書かれている。
さて、メイン企画はこれとして、サブ企画としては「私をつくった冒険・スパイ小説」の作家陣は全員僕の好きな作家ばかりなのでこれもまた嬉しい。芝村裕吏さん、谷甲州さん、広江礼威さん、藤井太洋さんなどなど。
あとはジョン・ル・カレ、ジャック・ヒギンズから大沢在昌、月村了衛までを網羅(全21人)した作家論が凄い。文庫解説は作品への解説がメインだし、雑誌の特集になるぐらいでないと作家論てなかなか書く機会(と読む機会)が与えられないから、こういう時に作家論がまとめられるのは嬉しいのだ。後から振り返れば、当時の評価を再確認する為にも使えるわけだし。
おわりに
全体をざっと見てきたが、ボリューミーで嬉しい一冊。冒険スパイ小説ファンは何も言わなくても買うんだろうが、あまりファンでないとしてもこれ一冊あると読むものには困らないだろう(それはSF・ミステリ両ハンドブックにもいえることだが)。